ラブラドールに見る、遺伝しやすい行動特性は?

文:尾形聡子

[photo by hennasabel]

犬種による違い、そして、個体による違いは遺伝と環境により作られています。

性格や行動特性は気質や本能的行動など遺伝的な要素に環境が相まって作られます。その中でも遺伝的な要素が強いものもあれば環境的な要素が強いものもあるなど、その影響はまちまちです。一方で、100%遺伝により決定される形質は毛色や毛質、PRA(進行性網膜萎縮症)や主にコリー犬種にみられるイベルメクチン中毒(MDR-1遺伝子変異)などの遺伝病がありますが、個体を特徴づける形質全体からすると案外数は少ないものです。

ひとつの遺伝子で語ることのできない犬の行動や性格の中でも、いったい何が遺伝的な要因が影響しやすい形質なのかを遺伝子レベルで決定するのは、現在の科学技術をもってしても非常に難しいことです。とはいえ犬にかかわる人々にとっては、犬の行動特性の遺伝のしやすさについての興味は尽きないことでしょう。たとえば犬種別でみれば、レトリーバー種にはレトリーバー特有の、牧羊犬種には牧羊犬種特有の作業特性や性格が存在していることは明らかで、そこには必ずや何らかの遺伝要因が強く関係していると考えられるからです。

ふたつのホルモンのバランスが影響~犬の攻撃性と親和性』で紹介しました研究のように、気質に関与する2種類のホルモンに焦点を当ててミクロの世界で行動特性と遺伝の関連性を紐解いていくという研究方法が多く行われている中、昨年『Genetics』に発表された研究では、イギリスのケネルクラブへの登録情報と、C-BARQ(統計学的手法を用いた犬の気質や行動特性を解析するシステム)などを利用して大規模解析を行なうという手法がとられていました。その研究によりますと、ラブラドールのいくつかの行動特性には遺伝的要因が大きく関与していることが報告されています。

[photo by Justin Kraemer]

研究では、ケネルクラブに登録された1975頭のラブラドールに個別にアンケートを実施。12項目の特性と環境要因などについて調べられました。

【12項目の特性】

  1. 無視されたときの動揺
  2. 気を引こうとする行動
  3. 吠える傾向
  4. 興奮性
  5. 物品回収能力
  6. 人や物に対する恐怖
  7. 騒音への恐怖
  8. 見知らぬ人への攻撃性
  9. 飼い主への攻撃性
  10. 分離不安
  11. 訓練性能
  12. 異常行動

【環境要因など】

  • 犬の年齢
  • 性別
  • 毛色
  • 1日の運動量
  • 健康状態
  • 暮らしている場所(室内か屋外かなど)
  • 生活の上での立場(家庭犬、ショードッグ、ガンドッグかなど)
  • 去勢手術の有無

C-BARQにおいては14項目について行動特性が解析されました。

【C-BARQ の14項目】

  1. 愛着行動
  2. 追跡能力
  3. 見知らぬ犬への攻撃
  4. 見知らぬ犬への恐怖
  5. 同居犬に対する攻撃
  6. 運動活性
  7. 興奮性
  8. 非社会的恐怖
  9. 飼い主に対する攻撃
  10. 分離不安行動
  11. 見知らぬ人への攻撃
  12. 見知らぬ人への恐怖
  13. 接触過敏性
  14. 訓練性

また、29世代、28,943頭の犬の血統書から遺伝情報を収集し、その中から885頭の犬がC-BARQの評価に加わりました。さらに、12項目の特性と遺伝子の一塩基多型との関連性を確認するためにゲノムワイド関連解析(GWAS)も行われました。

遺伝が強く影響するのはレトリーブと騒音への恐怖

12の特性と14の特性との遺伝率を解析したところ、12項目中の3項目(飼い主への攻撃性、人や物に対する恐怖、分離不安)には遺伝性は示されませんでした。それ以外の9項目においては、とりわけ物品回収能力と騒音への恐怖の2項目は高い遺伝率が確認されました。その他の項目は中程度~わずかに遺伝率が確認されるという結果となりました。

また、各特性と環境要因との関連性は、犬の生活上での役割(家庭犬、ショードッグ、ガンドッグか)による違いにおいて、多数の項目でみられました。家庭犬とショードッグの間にはたいした違いは見られなかったものの、それらとガンドッグとの違いは明瞭だったそうです。また、物品回収能力は犬の立場のほかに、年齢、毛色との間にも多少なり関連性があることが示されています。騒音への恐怖は、性別と去勢の有無が関係を示していました。

ゲノムワイド関連解析(GWAS)からは、12あるうちの6つの特徴(無視されたときの動揺、吠える傾向、物品回収能力、騒音への恐怖、見知らぬ人への攻撃性、異常行動)については、関連する染色体上での遺伝子領域が示されました。中でも、物品回収能力に関しては3つの染色体上に6か所の関連領域があることが示され、ここでも強い遺伝的な背景が働いている特性であることが示されたといえます。

これらの結果より、遺伝が関係する犬の行動特性の多くは多数の遺伝子の影響を受けており、各遺伝子の特性形成に与える影響はそれほど大きくないこと、また、確実に環境にも影響を受けていることを示すものだしています。さらに大きなデータ解析を行うことで、より多くの遺伝子が行動特性に影響していることがわかる可能性が高まるだろうとも研究者らは言っています。

[photo by theilr]

ラブラドールという犬種は回収作業をするために繁殖されてきた犬種であり、その特徴はまさに遺伝子にしっかりと刻み込まれて受け継がれてきているものであることが確認されたと言っていいでしょう。また、『コロコロとスリム、二つのタイプのラブラドール・レトリーバー』にも書かれていましたように、ショー系かフィールド系かで同じラブラドールという犬種でもそれぞれが持つ特性はかなり違い、やはりそれは後天的な要因ではなく、生まれ持った遺伝子レベルでの違いであるということも示されています。騒音への恐怖についての遺伝性は、10年ほど前の研究でもガン・シャイについて遺伝性が示されており、今回の結果がさらにそれを後押しした形となりました。

性格というものは本当に様々な要因が絡んで作られていくものですが、それでも、遺伝しやすい気質、遺伝しにくい気質があります。今後の研究で、より正確に気質の遺伝が明らかにされていくことに期待したいと思っています。そして『心のサンシャイン』の最後に、

もちろんアシカが備えている「働きたい欲」は、普通に散歩するだけで満足、という家庭には向かないだろう。しかし、あのコンタクト欲はどんな家庭犬が持っていても絶対に損はない。作業系の犬のみならず、家庭犬のブリーディングだってもっと気質重視でいいはずだ。

と書かれていましたように、気質の遺伝も考慮しての繁殖は重要だと私も考えています。日常生活により馴染みやすい気質の犬たちが増えていくことには、犬にとっても人にとっても何のデメリットもないと思うのです。

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【参考文献】

Genetic Characterization of Dog Personality Traits. Genetics. 206(2):1101-1111. 2017.