ふたつのホルモンのバランスが影響~犬の攻撃性と親和性

文:尾形聡子

[photo by smerikal]

人の性格は半分が遺伝で決まると言われています。ホルモンや神経伝達物質、それらに関わる遺伝子のわずかな個体差(多型)が、個人の性格のある傾向に関係している、といった研究報告がこれまでにも数多く発表されています。もれなく犬も同様に、これらの遺伝子の多型と性格の傾向とに関連性が見られることが明らかにされつつあります。脳内で神経伝達物質として働くドーパミンやセロトニンの受容体や、オキシトシン受容体の遺伝子配列のわずかな違いが性格的な傾向と関連していることなどが示されてきています。

ホルモンとは?

ホルモンは体の働きを調整する重要な役割を持つ物質です。各ホルモンは体の特定の場所で作られ、標的とされる特定の器官で作用します。ホルモンには、たとえば生殖器の働きを調節する性腺刺激ホルモン、それをコントロールしている性腺刺激ホルモン放出ホルモン、女性ホルモン・男性ホルモンなどのステロイドホルモン、ストレスホルモンとも呼ばれているグルココルチコイド(糖質コルチコイド)など、さまざまな役割を持つホルモンが個体の中で作られています。

また、ホルモンは恒常性(ホメオスタシス)といって、個体が体の内部環境をある範囲内で一定に保つために欠かせない物質でもあります。たとえば恒温動物である哺乳類や鳥類は、外気温にかかわらず体温を保つ機能を備えています。それぞれの生物の正常とされる体温から外れたときに体が察知して、体熱を放散したり産生したりすることで、あるべき範囲内に“戻そうとする”働きをしているからです。

バソプレシンとオキシトシン

オキシトシンは『見つめ合いとオキシトシンが人と犬の絆形成のカギに』などで紹介しました、幸せホルモン、愛情ホルモンなどとも呼ばれる物質です。一方バソプレシン(バソップレッシン)は、腎臓での水分の再吸収を促進する抗利尿作用があることが広く知られていますが、オキシトシンと同様に社会認知行動や情動活動に関与し、社会的な結びつきを強める働きを持つことが人での研究により分かっています。

また、ホルモンが作用するにはホルモンそのものの生成が必要であり、かつ受容体とよばれる専用の受け皿が必要です(参照『人と一緒に何かしたい!コンタクト欲の違いはオキシトシン感受性の違い』)。これまでの研究から、人の場合はバソプレシンの作用が強いほどストレスや不安を感じやすく、バソプレシン受容体の多型(タイプの違い)が利己的かどうかに関わっていることが示されています。人以外の動物では、ハタネズミのバソプレシン受容体の多型が、夫婦間の親和性と関連していることも分かっています。

犬でのバソプレシンとオキシトシンと性格との関係

愛憎は表裏一体、仲良くすることと敵対することが相反する行動ならば、このバソプレシンの作用の仕方により他者への行動が変化してくるかもしれない、と考えられます。そこで、バソプレシンとオキシトシンに着目し、アリゾナ大学の研究者らのグループがこれらのホルモンと犬の攻撃的な性格との関連を調べ、その結果を『Frontiers in Psychology』に発表しました。

実験ではリーシュ・アグレッション(leash aggression:リードに繋がれて行動が制限されるときに感じる欲求不満や恐怖などが原因となってあらわれる攻撃行動)のある家庭犬と、その犬と同じ性別、年齢、犬種で攻撃性のない家庭犬とを比較するというものでした。実験室の中では犬はリードに繋がれ、小型犬・中型犬・大型犬それぞれの立体犬のぬいぐるみと対面させられました。対照実験として、段ボール箱、ごみ袋、ヨガボールにも同じように対面しました。犬がそれぞれの対象に対面する前後のホルモンレベルを測定し、行動はビデオ撮影して解析されました。

その結果、すべての犬が段ボール箱のグループに遭遇した時には積極的な反応を見せなかったものの、リーシュ・アグレッションのある犬の多くは実物大の犬のぬいぐるみに対して吠えたり突進しようとしたりといった積極的な反応を示しました。ホルモンレベルを見てみると、リーシュ・アグレッションのある犬はない犬と比較すると、犬のおもちゃに遭遇したときのバソプレシンレベルは高く、一方オキシトシンレベルは両者に違いがありませんでした。

さらに、補助犬(攻撃性が低く親和性を高く繁殖されてきている)にも同様の実験を行い、攻撃性の見られない家庭犬と比較してみると、補助犬はおしなべて高いオキシトシンレベルを保ち、バソプレシンについては両グループに差は見られませんでした。また、補助犬の中で見ると、脅威を感じさせる見知らぬ人に遭遇したとき、より攻撃的な行動を示した個体の方がより高いバソプレシンレベルであることも分かりました。

これらの実験より、バソプレシンとオキシトシンは攻撃性と親和性というふたつの行動と関連性があることが示されました。バソプレシンレベルが高いと攻撃行動をあらわしやすくなり、より攻撃性が低くなるように繁殖されてきた犬はオキシトシンレベルが高いことは、すなわち、高いオキシトシンレベルが攻撃性を抑える働きを持つという見解を支持する結果となりました。

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オキシトシンレベルが高まる交流を

穏やかな性格になるよう繁殖されてきた補助犬のバソプレシンレベルが低いのは、まさに人為選択の繁殖による遺伝的な要因が考えられます。一方で、一般の家庭犬の中でバソプレシンのレベルが高くなる犬がいるのは、それまで生きてきた歴史の中で、他の犬から攻撃されるといった経験が引き金となっていることが要因として考えられるとも研究者らは言っています。

犬と人とでは記憶の仕組みが異なっているとしても、犬もトラウマになるような過去の経験への記憶は完全に消すことはできないかもしれませんし、それを言葉で犬に“どうですか?”と確かめてみることもできません。そもそも性格そのものをガラリと変えるのが難しいのは、自分自身を振り返ってみても納得することではないでしょうか。どうしても抗うことができない、遺伝的な背景があるからです。

けれどももし、高いオキシトシンレベルがバソプレシン活性を抑え、ひいては犬の攻撃性を抑制できるのであれば、オキシトシンレベルが上昇するような機会をつくることがひとつの助けになると考えられるとも研究者らは言います。これまでの研究から、犬と飼い主が交流する中で、双方においてオキシトシンレベルが高まることが分かっているからです。犬はもとより、人においても愛犬との交流により、知らず知らずのうちに攻撃的になりがちな気持ちが抑えられている・・・、などということも案外多いのかもしれないと思ったりもするものです。

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