パッシブ・トレーニング

文と写真:藤田りか子

アシカの初めてのフィールドでのパッシブ・トレーニング。向こうで他の犬たちが働いている間、落ち着いていることが大事。上手に落ち着き行動ができたら、即家に帰る。そう、このトレーニングでアシカは一切回収を任されることはない。

英語ではステディネス(Steadiness)・トレーニングともいうのだが、スウェーデン語では「受け身(パッシブ)」のトレーニングという。なので、そのままスウェーデン語を英語にして使ってみた。受け身といっても柔道のことではない。レトリーバーのフィールドワークについてである。つまり落ちた鳥を回収する、という狩猟犬スポーツだ。アクティブな部分ばかりが目立つスポーツだが、フィールドで働くレトリーバーにとって、パッシブでいる、という能力ぐらい大事なものはない。のみならず、家庭犬にとっても、都会という社会の制約が多い場所で過ごす犬にとっては、やはり重要な能力だ。

フィールドスポーツの中で「パッシブ」というのは「コマンドが出るまで落ち着いて待っていることができる」ということ。何故これがそんなに大事なのか、詳細を記すとキリがないのだが、簡単に言うと以下の通り。

1. 待っている間にストレスで舞い上がってしまえば、その後回収に出してもまずハンドラーのコマンドを聞く余裕が持てず、自分勝手な猟をしてしまうから

2. 落ち着いて待てない行動そのものが、待っている他の犬をも影響してしまうから(ストレスは伝染する)

というわけで、ヨーロッパのフィールド・トライアルではちょっとでも「クゥ〜ン」を声に出してしまうと、即失格になる。「クゥ〜ン」というのは犬の心情として「早く回収に出たい、でも出られない!ジレンマ、ジレンマ、きゃ〜!!」と解釈すればいいだろう。しかし活動レベルのONとOFFのスイッチを備えた犬は、待っている間もクールに構えることができる。だから回収に出されても、落ち着いてハンドラーの指示を聞くこともできる。犬にとってもこの切り替えができた方が精神的に楽だ。

10羽のカモを回収したい、というアシカの夢(私の夢ともいう)に一歩でも近づくために、実は「持ってこい」の練習よりも、私はむしろこちらのパッシプ・トレーニングに力を入れた方がいいと思った。アシカは、フィールド系のラブだ。なので「持ってきます!」という才能は、すでにデフォルトとして備わっている。それよりも若い時にもっと身につけるべきことは、どんな状況でもやり過ごせる落ち着き。彼女が5ヶ月齢になった時に、ブリーダーが開催する「ケネル・ミーティング」で初めてグループ・トレーニングに参加した。その時、アシカは他の兄弟たちが回収をするのを見て「クゥ〜ン」をやってしまったのだ。これで私のトレーニング方針は決まった!メンタルが成熟するまで絶対にグループ・トレーニングで回収をさせないこと、やたらとダミーを投げて取らせないこと、そしてパッシプ・トレーニングを徹底すること。

クゥ〜ンは、要は犬の感情に「期待感」があるから出てしまうのである。期待があるからそれが叶わないと、フラストレーションが生まれる。だから「クゥ〜ン」なのだ。ならば最初から期待を持たせなければいい。というわけで私のプランはグループ・トレーニングをしているところに参加して、何もそこで回収をさせないこと。つまり他の犬たちが回収しているところに行っても、必ずしも自分が回収できるわけではない、という概念をアシカに植え付ける。これを積み重ねれば、期待感というものは構築されずに済む(と希望的に考えたい)。このトレーニング方針はトレーニング友達や様々なトレーナーに相談をした結果でもある。

アシカの兄弟であるペプシがスピードと集中力のある素晴らしい回収技を見せている間、待っているアシカはとうとう「クゥ〜ン」と鼻を鳴らしてしまった。

アシカのブリーダーのSさんが来週のフィールド・トライアルに備えて自分の犬をトレーニングする、というので、とりあえず今朝アシカをその練習場に連れていった。Sさんの犬たちが湖に向かって回収に勤しんでいる間、私とアシカは少し離れたところに座ってぼんやりを決め込んだ。もしアシカがこの時「クゥ〜ン」の「ク」の字でも出したら、即、車に押し込み家に連れて帰るつもりだった。

向こう側で指示の笛の音が聞こえるたびに、アシカは体を硬直させ熱くなった。が、地面にトリーツをばらまいて探させたりするなど、周りのことを気にさせないようにした。そのうちだいぶ落ち着いたので、「これが最高の状態」と思った時点でその場を去り家に帰った。滞在時間15分。これ以上いたら、きっと「クゥ〜ン」が出てくる。望んでいない行動は繰り返させていると、常習化する(逆にいい行動、望ましい行動も繰り返すと常習化する)。だからそれが出ないうちに切り上げる。ちなみに、我が家からSさんの練習場まで70km、1時間かけて行ったのに。燃料費や自分の手間賃などを考えたら、「何もしないで帰る」というのはバカバカしく聞こえるかもしれない。が、いや、これこそ大事なトレーニング。将来のことを考えれば、これは一万カラットの価値になる。

これからもアシカのパッシブ・トレーニングは続く。これはフィールドのみならず、日常のありとあらゆる状況でも試さなければならない。経過についてはまた報告をしよう。