雨と犬と散歩 つれづれ

文と写真:アルシャー京子

そろそろ散歩に行こうと思って立ち上がり、窓の外を見ると雨が静かにシトシト降っている。ベランダの温度計を確認し、厚手のジャケットとゴム長を履いて出かける準備をした。シトシト雨くらいなら傘を持たずに出かける、そんなドイツの生活に馴染んでしまった私もまた、少々の雨では傘を持たずに犬の散歩に出かけるのが普通である。

さて、犬はどうするか。日本だったら「犬用レインコート」などあるのだろうが、こちらにはそんなものあるわけもなく、当たり前に帰宅後の手入れを覚悟するしかない。うちの犬の場合、中途半端な降り方のときや雨上がりよりも、思い切り土砂降りの時の方が毛の汚れが少ないのだが、土砂降りの中では歩きづらいし匂いを嗅ぎづらいしウンチは拾いづらいし、けっこう悩ましい。

いっそのこと氷点下や雪になってくれればいいのに、今年のこの暖冬ではそれも期待できず、毎日どんよりしっとりとした中、散歩するしかない。

それでも犬は散歩が好きだ。私が立ち上がって外出の支度をすると、もうすぐ15歳になるというのに敏感に音を聞きつけ玄関にやってくる(普段は何度読んでも反応しないクセに、こういうことだけは都合よく聞こえるらしい)。私の支度に時間がかかっていると、待ち遠しそうに窓から外を眺めに行く。

靴を履く段階になると犬なりに準備万端の面持ちで「チャンスを逃すまい」と私にピッタリついて離れない。壁に掛けてある首輪とリードを取り、首輪を目の前にかざすと、犬はしっぽを振りながら顔を突っ込んでくる。我が家では首輪をするのが出かけるサインというルールになっているから、首輪がついたら犬は私から離れ、今度はドアの前で待っている。

マンションの階段を降りて、ドアを開けて外に出ると雨がシトシト。犬は一瞬にして雨が降っていることに気づき、数歩歩きだして体をブルブルっと振るって雨水を振り飛ばす。それでもうちの犬にとって雨は散歩の障害にならない。

雨でいろんな匂いが洗い流されているように思えるが、犬の鼻にとっては少々湿り気がある方がかえって匂いが拾いやすい、と猟犬トレーニングのベテランに教えてもらったことがある。うちの犬にとっても同じなのだろうか。どちらかというと雨の日はあまり多くの犬たちがうろついていないのだろう、なんとなく晴れの日とは微妙に嗅ぐポイントが異なっているように思う。

犬によっては雨を好まないこともあるだろう。以前預かった居候犬は、乾燥した気候で暮らしていたせいで、雨が降ると足元が濡れているのが気持ち悪いらしく前肢を持ち上げて歩きたがらなかった。降ってくる雨で濡れるのすらも嫌らしく、用を済ませたらさっさと建物の中に入ろうと必死だった。

かと思えば、水たまりも泥道も全く気にせずはしゃぎまくる陽気な居候犬もいた。しかも長毛で、でも小型犬だったのが幸い、毎回散歩後に洗面台で洗い流していた(そのとき、小型犬は楽でいいなぁと感心した次第だ)。

あまり降りがひどくない限り、できるだけいつもと同じ長さの散歩を心がけている。散歩から帰り、少々の汚れならば玄関先で足を洗うときに一緒に洗ってしまうが、泥だらけになっているときは問答無用に風呂場で一気に洗い流す。雨の中の散歩は平気なくせに、風呂場でのシャワーはこの世で最悪の行為といううちの犬の飾り毛は柔らかいシルクタッチだけに泥しぶきがつきやすく、しかも汚れが取れにくい。これがもっと毛のしっかりしたゴールデン・レトリーバーのような犬種なら泥汚れも弾き飛ばしてそれほど汚れないかあるいはタオルドライで十分に汚れが落ちるというものなのだろうけれど、犬種の生まれた中東地域の気候を考えると飾り毛の構造に文句を言っても仕方のないことである。もしアフガンハウンドのような毛量だったらもう私の手には追えないと断言できる(ので、アフガンハウンドの飼い主さんにはリスペクトしている)。

雨の日の汚れなんて日常の些細なことかもしれないけれど、毎回の手入れがあまりにも面倒だとやはり犬のQOLには影響するとしみじみ思う。それはもちろん雨の日に限らず、日々の毛の手入れや運動量の多さなど、犬を飼い始めたうちはがんばるだろうけれど、それこそ犬との暮らしは何年にも渡るわけで、途中でしんどくなってしまうことは十分あり得るし、人生何が起きるかわからない。がんばる気持ちは大切かもしれないけど、残念ながら人のがんばりを犬はなかなか理解してくれないのである。それよりも心の余裕が犬との暮らしには大事だと思うから、だからどんなことがあっても今の自分の手に余るであろう特徴を持つ犬は飼わないと心に誓っている。

そして明日の天気予報も雨マーク。悪あがきついでに雨の合間に散歩に出るか、それとも思い切って天気を気にせず森に出かけて泥んこになるか。どうせ洗うのが一緒なら、たとえ短い時間でも犬には後者の方がよいに決まってる。

(本記事はdog actuallyにて2016年2月2日に初出したものを一部修正して公開しています)