文と写真:アルシャー京子
9月に入りドイツでは朝晩の気温がぐっと下がった。ドイツの夏は日本の夏に比べると湿度が低く、日中も脱水しそうになるほどではないが、それでも時には35度を超えることもあり、まあそれなりに夏の暑さがある。
犬が快適と感じる気温は人間よりも低く、だいたい20度前後といわれる。犬といっても毛の質によって大きく差があり、つるつる短毛の犬よりもダブルコートでモコモコした犬の方が耐寒性があり少し涼しめの気温を快適と感じるようだ。また、犬の快適さと体温調節には外気温だけでなく湿度も関係し、気温が上がり湿度が上がると体温調節と体への酸素供給のために犬の息が早くなる。
いくらうちの犬が砂漠が原産国で暑さに強い犬種であるとはいえ、30度を超える日が続くとやはり体に応えるらしく、毎年夏日には食欲がガタッと落ち、夕方までまったく食べないことも珍しくない。そして今年もまた。
今年はスウェーデン旅行の疲れを引きずったまま夏日を迎えた。旅行前には寒いくらいの気温だったのが、移動とキャンプが続く生活で私たちが疲れて帰ってきた頃、ホッとする暇もなくベルリンの気温はグイグイと30度を超えたのだった。ベランダに出て寝転がり暑さを楽しむのは最初の1ー2日、3日目にもなると砂漠の犬もさすがにベランダでの日向ぼっこをやめ、北側の涼しい部屋を選んで寝るようになり、それに並行して食欲が激減していった。
これまでモリモリ毎日食べていた犬が朝食を拒否すると、普通はちょっと心配になる。元々好き嫌いの激しい犬ではあるが、それだけに好んで食べる食材を選んで食べさせていたものなのに、一旦匂いを嗅いでくるりと方向転換する姿にはなんだか裏切られたような気持ちになる。
食欲旺盛すぎて万年腹ペコの犬も問題だが、食べない犬も飼い主としては心底問題だ。これがぽっちゃり体型の犬ならまだしも、ただでさえ細めでいまだに時々通行人が振り返るような痩せ犬だからさらに困ったものである。
犬が食べなくなる原因のひとつに歯の異常も考えられるので、念のために口の粘膜と歯の状態もチェックしてみたが、歯石は定期的に取っているし、歯肉炎も消毒用のペーストのおかげで口の中に異常は見当たらない。
生肉の種類を変えてみたり、普段はおやつにしか出さない犬用のソーセージを与えてみたり、あるいは温めてみたり冷たいままで出してみたりと、犬の好みに合うようにとあの手この手で食欲を誘ってみた。
人間ほど敏感ではないが、犬にだって味覚がある。肉の旨味や砂糖の甘味などを犬は感じることができるのだ。犬の味覚は母犬のお腹にいるときにすでにおおまかに作られ、そして生まれた後に何を食べるかによって決まってくるらしい。しかし老犬になると徐々に味覚は衰え、これまで美味しいと感じていたものですら物足りないと感じるようになり、だんだんと好き嫌いが多く出てくるようになる(だから市販のフードなど、老犬向けのものは犬がより一層好むような香りや味が付けてあるのが普通である)。
その後40度になろうかという勢いで夏日は続き、犬は夜になって昼間の熱気が冷める頃ようやく少し食べ出すことが続いた。しかしそれだけ食べたくらいではエネルギー量は足りず、案の定犬は例年よりも格段に痩せてしまった。
暑さの中、唯一食べるのは生肉のみ。まったく食べないよりはマシだろうと、この際栄養価など気にしている余裕などなくとにかく食べるものだけ与えるしかなかった(それ以外やりようもないのだが)。当然肉だけでは太りようもないが、せめて現状維持ができればと願うばかりだった。
そしてあの暑さがウソであったかのように涼しくなった今、あの食べなかった様子すらもウソのように食欲が回復している。まったく食欲の秋とはよくいったもんだ!
食欲の振り子は以前とはまったく違う方向に大きく振られ、今は早く回復して欲しくて買っておいたとびきり美味しそうなクッキーを食後にほぼエンドレスで要求する毎日である。レシピを変えても暑さの折には食べようとしなかった手作り食を食べるようになり、痩せてしまった体もおかげで少しずつ丸みが戻った。体重が戻ったことで散歩に出かける足取りが軽くなっただけでなく、散歩から帰り足を洗い終わると台所めがけて駆け込むほどにもなった。結局は好きなものをもっと食べたい現象に陥っているだけのような気もし、適度に栄養価を管理しつつ、老犬の食べたいものを食べさせてやりたい気持ちになっている。
あとどのくらいうちの犬と一緒にいられるか分からないが、「あの時食べさせてやればよかった」という後悔のないように、老いた愛犬ができるだけ満足のいく食餌内容を心がけてやろうと思う。
(本記事はdog actuallyにて2015年9月10日に初出したものをそのまま公開しています)