ドッグショーは庶民のドッグスポーツ、スウェーデンから

文と写真:藤田りか子

北欧スウェーデンは東京の総人口にも満たない1000万人そこらの小国であるが、ポップミュージックの輸出にかけてはアメリカ、イギリスに続いて第3位である。ABBAにはじまりAviciiと世界的なアーティストを生んでいるから、皆さんもよくご存知のはずだ。

なぜこの小さな国がそこまで音楽王国なのか、というのにはいろいろセオリーがあるそうだ。結局音楽に対する「インフラ」が整っているから、というのが多くの専門家の見解だ。別の言葉でいうと「誰もが音楽に携われる環境」。自治体が運営している音楽スクールはどこにでもあり、手軽に子供が音楽を習うことができる。おまけに教会の合唱団も非常に盛んだ。音楽を楽しんだり、才能を開発できる「草の根レベル」の活動があちこち。これなら若い人たちが将来大きく成長するのも可能である。

話は飛ぶが、同じことが、スウェーデンの犬世界にも通じていると思う。

スウェーデンの犬たちは、「ショークオリティ」というタグをつけられずとも、家庭犬としてですら概して犬の質はいい。そう、多くは十分にショーに出れる質を備えている。「全体的な」質の良さは、それもこれも、まずペットショップで生体を販売しないという理由にもよるが、ケネルクラブや犬種クラブがブリーダーの繁殖について、徹底的にコントロールしているためでもある。

そしてもう一つ大事なことは、質のいい犬(見かけ、気質、健康においても)が生まれるような環境が、この国にはあちこちに見出される。トレーニング環境の充実は犬種の気質と機能の良さを生み出したが、見かけにおいての環境作りを担っているのはドッグショーの存在だ。

ドッグショーなんてどの国にでもあるものだが、いやいや、スウェーデンの状況は他の国のそれとは少し違う。この国のドッグショーは「プロ」だけが集まる「敷居の高い」イベントではない。庶民もドッグショーにどっぷり浸かれる、というかその環境がある。

スウェーデンには、ローカルレベルで犬種クラブやワーキングドッグ・クラブが「非公式ドッグショー」を開催している。たとえ特定の犬種クラブが音頭をとっていても、ケネルクラブに登録されている犬種ならどの犬種も参加できる全犬種ショーだ。毎週末、スウェーデンのどこかで開かれているほど一般的なイベント。全国で年間300以上の非公式ドッグショーが開催されている。時には「ドライブ・イン・ドッグショー」というのも行なっている。これは、言葉が示す通り、その場でエントリーを申し込めるドッグショーだ。

これら非公式ショーでは、普通のショー(つまり公式のショー)と同様にベスト・オブ・ブリード、ベスト・イン・グループ、そして最後にベスト・イン・ショーが選ばれる。が、いずれを勝ち取っても公式のタイトルにはならない。審査員も公認の審査員である必要はない。だから非公式ショーなのである。エントリー料はおよそ2〜3000円程度。

そんな小さなローカルショーですら、出陳犬数は毎回100頭から300頭。スウェーデンの愛犬家は「犬」をいろいろな方法で楽しむのである。アジリティやオビディエンス競技もやるけれど、ドッグショーも等しくチャレンジしてみる。そんなノリだ。つまりドッグショーはドッグスポーツの一つとみなされている。なんといってもスウェーデンではほとんどがオーナー・ハンドリング。よってショーチャンピオンを取りながら、同時にワーキングの世界でもタイトルを持っている犬が決して少なくない。


筆者が住むローカル地域で開催された、ボクサー愛好会主催による非公式全犬種ショー。地元の乗馬クラブの屋内馬場をつかって行なわれた。ここにリングが3つ。馬場は寒く、皆コートを羽織って参加した。それでもこの盛況ぶり。出陳犬数は全部で180頭!

スウェーデンをポップミュージック王国にならしめた自治体運営の「音楽学校」に匹敵するものが、多分このようなローカルドッグショーの存在なんだと思う。犬種の質のよさとドッグショーが盛んである根本には、草の根の活動があり、ショーが身近であるという環境があった。本当のショーではないから、雰囲気はいたってリラックスしたものだ。お弁当を持ってきて、リングの側でピクニックを行なっている人、犬友人に出会い社交を楽しむ人、など様々。そしてローカルショーは愛犬の環境馴致トレーニングのよい機会となる。何をとってもいいことだらけだ。

非公式ショーは、今後公式ショーに出すために「場慣れ」させる機会、あるいは自分の若犬がどう評価されるのか「小手試し」の機会としても活用されている。犬は成長するたびに、すこしづつ見かけを変えていく。果たして「今回は」どんな風に評価されるのだろう。評価がよければ公式の大きなドッグショーに進む自信もわいてくる。ものは試しと初めて参加した人は、これを機にショーに興味を持ち出すこともある。いや、こんなことがきっかけで、世界レベルのドッグショーに出たり優秀なブリーダーになった人はたくさんいる。


ラッコと非公式のショーを楽しんだ!後ろの男性がジャッジ。ジャッジの隣でジャッジの評価を記す書記の女性。この評価その場ですぐにもらえる。スウェーデンのショーでは、公式、非公式にかかわらず、かならず評価を記した書類をもらうことができるのだ。 

ラッコが若いとき、私も非公式ショーに何回か参加したことがある。ちなみに上の写真のショーが行われたのは乗馬クラブの屋内馬場。出陳犬数180頭。犬種数80種!みな厚手のジャケットに身をつつみ、持参の水筒からホットコーヒーをすすり、寒さに耐えながら出番を待ったものだ。が、大勢の犬仲間にも会えるし、とても楽しいひとときとなる。

このショーは今から9年前に行われたもので、当時ラッコは1歳半のハンサム青年。生まれて初めてベスト・オブ・ブリードを獲得した。が、なんてことはない、実はラッコを含めて2頭しかカーリーコーテッド・レトリーバーは参加していなかった!だが、審査員にどうしてラッコを選んだか批評を聞けただけでもとても面白い経験となった。

これで調子づき始め、じゃあ次はもっと大きなドッグショーにチャレンジ!と何回か公式のショーに出てみた。残念ながら彼はExcellent(エクセレント、一番良い評価)を取ることができずいずれのショーでもVery good (とても良い、2番目に良い評価)止まり。どうも彼の頭部がカーリーコーテッド・レトリーバーがもつべきエレガントさに欠けているらしい。ラッコのショードッグとしての限界がわかったので、それ以上出陳することはなかったが、彼はその後ノーズワーク競技会に出ておおいに別のドッグアクティビティを楽しむことになったのだ。


ラッコはカーリーとしてはなかなかカッコイイ男子なのだが、しかしエクセレントを取れるほどでもなかった。彼が2歳の頃、ノルウェーのカーリーコーテッド・レトリーバー、スペシャルショーに出た際のもの。このショーが彼にとって最後のものに。その後はノーズワークドッグとして活躍!