文:尾形聡子
[photo by Christian Müller] 差し出された手を見る子犬。きっとこのあと、「それは何の合図ですか?」と、この人の顔を見たに違いない。
人間社会に適応できる高い社会性を発達させてきた家畜動物である犬。私たちにとって犬のそんな能力はある意味当たり前のように思う節があり、ややもすると都合のいいように擬人化してしまう傾向すらあります。しかし、犬の認知行動学研究の進歩のおかげで、おおむね犬が人のように感じていること、一方で人のようには感じていないことが少しずつ明らかにされてきています。
そのひとつが心の理論です。先日「見つめ合ったり撫でたりすることで、人と犬の脳活動は同期する」にて紹介しましたが、犬は人を読むことに非常に長けた動物ではあるものの、現時点では人のような心の理論があるという証明はされていません。ですが、人が心の理論を発達させていくのに不可欠である認知能力のうちのいくつかを犬も持っていることはわかっています。
たとえば、犬の認知行動研究の分野が大きく飛躍することになるきっかけとなった指差し(他者が指した方向に注意を向ける)や、新しい何かを目の当たりにしたときに、それに対して飼い主がどのような反応を示しているのかを見ようとする(社会的参照)など、人でいうところの「共同注意(joint attention)」行動や、対象となる物体と飼い主とを視線を切り替えて交互に見る(交互注視、交互凝視:gaze alternation)など、他者の意図を理解するための基盤となる能力があることが確認されています。
では次に何を確かめたいかといえば、それらの能力が犬の成長過程のいつごろに、どのような段階で芽生えてくるかということです。生得的なものなのか、あるいは環境的なものなのか。それについては乳幼児を対象とした研究において両方が影響を及ぼすことがわかっていますが、はたして犬においても同様に両方が影響してくるものなのでしょうか。
[photo by Africa Studio] 「ねえ、窓の外に何かいいものがあるの?」など、こんなふうに人の視線の先を追う行動は犬によく見られるもの。