楽しい!分かり易い! ウィペット・レース

文:藤田りか子

直線コースを走るだけのウィペット・レースは、北欧のウィペット飼い主の間ではなかなか人気のスポーツだ。 (Photo by )

ドッグスポーツにはいろいろあるけれど、どんなスポーツを行うにしても愛犬に多少の服従が入っていないことには、スポーツとして共に遊べない。たとえば、アジリティは障害をジャンプして走るだけで、一見簡単そうに見える。しかし実際には、飼い主と犬との間に培われた絶妙なコンタクトがあってこそ、スポーツとして成立するのである。そのコンタクトを築くためには、日ごろの訓練が欠かせない。

だがややこしいコンタクトや服従訓練なしに、いきなり楽しめるドッグスポーツもある。一つはノーズワークともう一つはここで今回紹介するドッグ・レーシングだ。愛犬がお座り、伏せをこなせなくても、まったくOK!よ~いドン!でゲートが開けば、競走馬のごとく犬は猛突進でただ走るのみ。ドッグ・レーシングにはいろいろ種類があるが、ここでは特に北欧でさかんなウィペット・レースに焦点を当てよう。

視覚ハウンドにまつわる走りモノのスポーツといえばルアーコーシングが有名だ。ここに紹介するウィペット・レースは、ルアーコーシングとはちょっと異なるスポーツ。ルアーコーシングのジグザグのコースとは違って、ウィペット・レースは直線レース(イギリスにはUまたはJの形のコースもあり)。トラックの距離はスウェーデンでは137m(アメリカではもう少し長い)。幅は7m。そう、小学校の運動会で行われるかけっこ競争ほどのスペースがあれば充分。一方、ルアーコーシングは200mx300mもの土地が必要で、これは空き地の乏しい日本においては、ちと厳しい。というわけで、ウィペット・レースはより手軽に楽しめるドッグ・スポーツといえる。


レースはこのように、4頭立てで行われる。ルアーコーシングは2頭の協調関係を審査するので、大いに違う部分でもある。 (Photo by )

セッティングも簡単で、競馬のようにスタートラインにはゲートを置く。ゲートが開けば、マシンで動くルアーがウィペットの前をスルスルと走り出し、これを犬が追う。レースはあっという間に終わる。たいてい9~11秒以内!

さて、ルアーを使うのに何故このスポーツをルアーコーシングと呼ばないのか、疑問に思われる方もいるだろう。「コーシング」というのは狩猟で獲物を追いかける行動そのものを指す。つまり、獲物だからジグザグに動くこともある。イギリスでは、ウサギを視覚ハウンドに追わせること自体をコーシングと呼んでいる。

しかし、ウィペット・レースはあくまでも直線で速さを競うゲーム。したがって、審査の仕方も、ルアーコーシングのように狩猟状態下におけるパフォーマンスを見るのではないから、より単純。スウェーデンでは1レースにつき4頭立てで行うのだが、この中で一番早く走った犬が、セミフィイナル、さらにファイナルへと進んでゆく。そしてポイントをためていけば、最後には「ダービー」と呼ばれるチャンピオン大会に出場できるから、ウィペットを飼いながら、まるで馬主にでもなった気分が味わえるのも、また素敵!というわけだ。

ちなみに、ウィペット・レースは決してギャンブルではない。飼い主が集い、愛犬とみんなが楽しむホビースポーツとしてアメリカやスウェーデンでは受け入れられている。そして何よりも、視覚ハウンドとしてウィペットの走りたい欲求を心から満足させてあげること、その能力を利用させる機会を与えることが、スポーツの意義。

特にウィぺットをレースドッグとしてここで紹介したのは、彼らはアフガンやボルゾイに比べるとサイズも手ごろで、日本の住宅事情に合うからだ。よって、レーストラックの距離も短くてすむので、施設を建設するのも簡単。そもそもウィペットとは、歴史的に短距離競争のために作られた犬。一方、アフガンやボルゾイは短距離よりも長距離。さらにルアーコーシングのジグザグコースの方が、より犬種ならではの狩猟テクニックを活かすことができる。


ペットとしてもよし、ショードッグとしてもよし、そしてレースドッグとしてもよし!手頃なサイズで飼いやすいウィペット。まだ日本ではそれほど知られていない「穴犬」でもある。[Photo by Rikako Fujita] 

ただしウィペットに限らず、小型で追いかけたい欲が強い犬、たとえばジャック・ラッセル・テリアなども、短距離ドッグレースとして参加可能。イギリスではジャック・ラッセル・テリアのレースが盛んだ。

レースドッグとして必要なのは、日常のコンディショニング・トレーニング。つまり筋肉をつけてあげること。実際にレースに出すのは犬の体ができあがってから。どんなに若くても、1歳になってから参加することが、北欧では義務づけられている。また、参加できる最高年齢は10歳まで。

ただし、多くのウィペット・レースファンは、すでに子犬の時から訓練を行っている。それは筋力トレーニングではなくて、狩猟欲を目覚めさせるためのトレーニング。掃除機のコンセントの先に布切れをしばりつけて、そしてコードをしまうボタンを押す。スルスルと動いていく布に、子犬はおおいなる興味を覚える。あるいは、釣竿の先にビニールをつけて、それを追いかけてもらう。だが、複数の子犬でこれを行わないことだ。子犬同士で喧嘩をしてしまう可能性がある。レース中、他の犬とルアーの奪い合いで喧嘩をすれは、競技失格となる。変な癖はつけない方がいいのである。


レース中は複数の犬が同時に全力疾走する。興奮状態にあるため、接触や進路争いが起きたときに咬み合いに発展するリスクがある。よってレースの際にはマズルをするのが義務となっている。(Photo by )

多くの犬種は、すでにその由来となった職業に沿って現代生きることはできない。けれど、こんな風にできるだけ機会を見つけて、彼らにとって心地のよいスポーツの機会を与えてあげる。犬は、もっとも家でゴロゴロするための動物ではなく、本来とてもアスレチックな生き物だ。彼らの好きなスポーツを通して、絆を深めていくのも、飼い主の犬愛の表現の一つだろう。