サルデーニャ島に移り住んだ人々と歴史を共にしてきた犬、Fonni’s Dog

文:尾形聡子


[photo from Genetics Society of America]

世界的な長寿の島として知られているイタリアのサルデーニャ島。シチリア島に次いで地中海で2番目に大きいこの島は、イタリア半島の西側に位置しています。サルデーニャ島には古くから家畜を守る牧畜犬、フォニス・ドッグ(Fonni’s Dog)とよばれる固有の犬が存在し、サルデーニャの人々と共に生活を続けてきています。

フォニス・ドッグとは?

私自身、この研究を目にするまでフォニス・ドッグという犬種について何も知らないどころか名前を聞いたことすらありませんでした。フォニス・ドッグ(Fonni’s Dog)は、Cane Fonnese 、Pastore Fonnese、Sardinian Shepherd Dogなどとも呼ばれているようです。ここでは参考文献で使われていた犬種名、Fonni’s Dogをそのままカタカナに直してフォニス・ドッグ呼んでいきます。

現時点でフォニス・ドッグは FCI (国際畜犬連盟)で公認されている犬種ではありません。母国イタリアのイタリアン・ケネル・クラブで、2013年にようやく犬種として正式に認められたというくらいですから、サルデーニャ島という非常に限られた地域だけに存在してきた犬種であることが容易に想像できます。イタリアではフォニス・ドッグの保存に熱心なブリーダーたちがASSOCIAZIONE AMATORI CANE FONNESEという団体をつくり、国際的に犬種として認めてもらおうと活動を続けているそうです。

現在、FCI公認のイタリアを原産とする犬種には、イタリアン・グレーハウンド、マルチーズ、カーネ・コルソ、スピノーネ・イタリアーノ、ブラッコ・イタリアーノなどがいますが、イタリアにはフォニス・ドッグのほかにも Mastino AbruzzeseLevriero Meridionale といった、簡単にカタカナにすることもできないような、在来種的な犬種がまだ存在しています。

フォニス・ドッグは、サルデーニャ島の真ん中あたりに位置するフォンニという町を取り巻く地域で誕生した大型犬です。毛質にはラフとスムースがあり、毛色は様々。見た目は多様ながらも共通した特徴として、きりっとした表情を持ち、家畜を守る行動や見知らぬ人への警戒心と慎重さを備えています。島という環境は大陸とは異なり、他の集団と物理的に隔離されていることになります。さらに旅行者などに別の犬種を持ち込まれることもほとんどなかったため、サルデーニャ島で生きてきたフォニス・ドッグはサルデーニャ島という隔離された集団の中で脈々と繁殖が続けられてきました。

フォニス・ドッグのゲノムは犬種として確立されていた

では、フォニス・ドッグはいったいどこからどうやってサルデーニャ島までやってきたのでしょうか。

アメリカとイタリアの研究チームはフォニス・ドッグの歴史を遺伝子から探るべく、全ゲノム配列を解読しました。さらに、フォニス・ドッグのDNAと、イタリアから地理的に近くそして歴史的にもかかわりのある、ヨーロッパ、中東、北アフリカを原産国とする27犬種のDNAを比較しました。


[image & photo from Dreger et al. 2016 DOI: 10.1534/genetics.116.19242]
この研究でゲノムを比較した犬たち(上)と、スムースコートの個体とラフコートの個体(下)。

その結果、フォニス・ドッグには犬種特異的な11の遺伝子領域が存在し、DNAの比較解析からほかの犬種とは遺伝的に異なることが示されました。つまり、フォニス・ドッグは一犬種として扱うに値する遺伝子構造を持っていたということです。

フォニス・ドッグの毛色や毛の長さは十人十色。上の写真の犬たちも同じ犬種とは思えないようないでたちに感じられます。外見の均一性だけをとりあげるとすれば、フォニス・ドッグは決して管理された繁殖が行われてきた犬種とはいえないでしょう。しかし島の人々はそこではなく、しっかりと家畜を守る仕事をこなし、飼い主にとても忠実であることを何よりも重要視してきました。その点で目的意識を持った繁殖が続けられてきたからこそ、遺伝子レベルでひとつの犬種として確立した状態になっていたのだろうと研究者は考察しています。そしてフォニス・ドッグに特徴的な11の遺伝子領域には、長年にわたり大切にされてきたフォニス・ドッグとしての作業能力や気質と関連する遺伝子が存在している可能性があるともいっています。

また、フォニス・ドッグはひとつの犬種として特異的なDNAを持っていることのほかにも、その祖先が、中東原産のサイトハウンドのサルーキーとハンガリーの牧畜犬コモンドールの両者と関係があっただろうことも明らかにされました。

余談になりますが、1800年代中頃の書物には、隣の家から物をこっそり盗んでくるのもフォニス・ドッグの仕事のひとつであった、ということが記されているそうです。今ではその能力を発揮する場はないでしょうが、「コソ泥」としても活躍できた高い能力もあってこそ、島の人々が彼らの血を途絶えさせないよう大切にしてきたのではないかと思うのです。

隔離された土地で暮らす生物が獲得する遺伝的形質

ゲノムをつぶさに解析することは、その種の過去の歴史の中での移動経路の解明にもつながります。そもそもサルデーニャ島に暮らす人々の起源については謎めいたままなのですが、先史時代にヌラーゲ人とよばれる民族がサルデーニャ島に上陸したのが始まりだろうと考えられているようです。しかし近年、遺伝学的アプローチからの研究が進められ、現在のサルデーニャ人のゲノムにはハンガリー、イスラエル、ヨルダン、そしてエジプトの人々と大きな類似性があることが示されました。つまり、サルデーニャ島へ渡った人々とフォニス・ドッグは、島に移住するまでの道のりも共に歩んできた可能性があることが、ゲノム解析により示されたといえます。

これまで、サルデーニャ人がなぜ長寿であるかを知るためにさまざまな研究が行われ、遺伝的な特徴があるといわれたり、食べ物や環境との関連性が高いとの研究結果が出されたりしています。島というほかの集団から隔絶しているところで暮らし、子孫を残してきたならば、人も犬と同じように生物としての遺伝的多様性はけっして高くはないのではないかと思います。

しかしそれでもご長寿島であるということは、遺伝的に何らかの変化が起きて長寿遺伝子を獲得し、それが島の人々に広まっていったのかもしれないという考えもできます。さらには、もしかしたらフォニス・ドッグに見られる特異的な11の遺伝子領域にも、遺伝的多様性の低さをカバーできるような遺伝子の変化が含まれているのかも?などと想像を膨らませてしまうものです。

 

(本記事はdog actuallyにて2017年6月3日に初出したものを一部修正して公開しています)

【参考文献】
Commonalities in Development of Pure Breeds and Population Isolates Revealed in the Genome of the Sardinian Fonni’s Dog. Genetics. 2016 Oct;204(2):737-755