「ドッグスポーツを通じて犬種特性を活かしていきたい」- 千葉路子さんインタビュー (1)

文と写真:尾形聡子(本記事はdog actuallyにて2010年12月9日に初出したものを一部修正して公開しています)

犬書籍業界で20年。日本の犬を取り巻く世界を常に肌で感じながら、愛犬家のための雑誌や単行本などを作り続けている、株式会社エー・ディー・サマーズ代表取締役の千葉路子さん。犬書籍に限らず、さまざまなセミナーやドッグスポーツの普及、競技会の開催なども行い、愛犬家の方々と幅広い交流を続けられています。長きにわたって日本の犬状況の変遷を見て活動してこられた千葉さんに、その思いを伺ってきました。

犬書籍の仕事を始めたきっかけは?

犬好きが高じて犬書籍業界に入ったのでは?そう思われる方が多いかもしれません。しかし、千葉さんの場合、少しそれとは違う形で犬書籍の道に進まれることになります。

「大学卒業後に入社した出版社で、最初はスキューバダイビングの雑誌をやっていました。犬書籍をやりたいから出版社に入社した、という訳ではなかったんです。その後、一般誌に移ってマリンレジャーのページを担当していました。取材で海外を飛び回るような生活を送り続けていたこともあり、じっくりと本を作りたいなあと思うようになっていた折に、今は休刊になっていますが、”グルーマー”という犬の美容師さん向けの雑誌を創刊するのでやってみないかというお話をいただいたんです。それが、私が犬書籍業界に入ることになったきっかけです。」

グルーマーは、日本で初めての犬の美容師に向けた雑誌でした。どのような内容にすべきか、構成はどうするかなど、すべてが新しい挑戦ではありましたが、一から立ち上げていくことに興味を持たれた千葉さんは、転職を決意されます。

「ちょうどその時、私にとって初代の犬、ラッシーという名のシーズーを飼っていました。実は、ラッシーは主人が大切に可愛がって飼っていた犬だったのですが、離婚をしたときにラッシーを置いていってしまったんです。正直言って最初は迷惑でした。主に主人が飼っていたので、お手入れなんかはすべて彼がしていましたから。ラッピング(毛を保護するために毛を紙で巻くこと)までしていたんですよ(笑)。もちろん、私も犬が嫌いということではなかったんですけれども、そこまでのお手入れを自分でしたことが無かったので、はたして一緒に暮らしていけるのかなという不安がありましたからね。ラッシーと一対一で暮らし始めるようになってから、フルコートだったラッシーをとりあえず丸刈りにしてみたのですが、想像していた以上に難しくて。そうこうしている時に、グルーマーの雑誌の話をいただいたというわけなんです。どうやってトリミングするのかな?という素朴な疑問も身近なところにありましたし、犬を飼っているのに、犬のこと何も知らないなと思ったんですよ。」

かくしてグルーマーの創刊に携わることになり、犬書籍業界に足を踏み入れた千葉さん。今から20年前のことです。グルーマーの編集長を始めた一年後には、”WAN”という雑誌の編集長へと社内異動することになります。

犬ともっと遊ぶために!ドッグスポーツの普及へ

「私がWANを始めた当時の日本には、WANと愛犬の友という犬雑誌しかなかったんですよ。愛犬の友は、ショー関係の読者が多い雑誌。それに対してWANは、ペットとして犬を飼っている飼い主さん向けのものでした。その頃のWANは、投稿写真や投稿記事が主になっているもので、しつけの記事もあまりなかったと思います。とはいえ、投稿写真ばかりではどうしてもネタが無くなってしまうんですよね(笑)。それで思い出したのが、マリンレジャーの編集をしていた時のことです。」

マリンレジャーのお仕事の取材で海外を飛び回っていた時、現地でいろいろな犬を見たり、触れあったりすることがあったといいます。

「その時には、まさか自分が犬雑誌をやることになるとは夢にも思ってもいなかったので、じっくりと観察したわけではないのですが、日本の飼い主さんと、いわゆる犬の先進国の海外の飼い主さんの犬への接し方が違うなあと思ってはいたんですよね。彼らはもっと犬と遊んでいるなあと。そんなことから、海外の犬情報を雑誌に取り入れようと思い、そのひとつ目がフリスビーだったんです。」

そうして千葉さんは、フリスビーとフライボールの競技会を、日本で初めて開催することになります。

「当時、フリスビーやフライボールを個人的にやっている方はいらしたのですが、競技会を開催するのは初めてでした。今では多くの団体が、さまざまなドッグスポーツをされていますが、20年前は何もなかったんですよ。それこそ20年前には、ドッグランもドッグカフェもありませんでしたから、犬と遊ぼうと提案しても、じゃあ何をして遊ぶの?となってしまっていました。ですので、ドッグスポーツを始めてみようと思ったんです。」

また、犬雑誌を始める前の経験は、ウォーター・トライアルという競技を日本に紹介するきっかけにもなりました。

1998年、日本で初めて開催された『ウォーター・トライアル』競技会。北海道洞爺湖にて。

「スキューバダイビングやマリンレジャーの仕事をしていた時に、水辺で犬が人を救助したという話をあっちこっちでよく聞いていたんです。当時は水難救助犬ってすごいなあと思っていただけなのですが(笑)。そんなことを思い出していた時に、水難救助犬の競技としてウォーター・トライアルというものがあるんだよという話を、ドッグ・アクチュアリーでも書かれている藤田りか子さんから聞きまして。それで、藤田さんに、スウェーデンでのウォーター・トライアルの記事を連載していただくことになりました。ウォーター・トライアルはとてもマニアックな競技ですので、一般的にはあまり受けなかったのですが、中には興味を持ってくださった方もいまして、その中の一人の訓練士の方の協力もいただき、日本で初めての大会を1998年に洞爺湖で開催する運びとなったんです。北海道には犬ぞりをやっている方々が多かったこともあり、犬ぞりの方々も大会に参加してくださいました。ハスキーも泳いでいたんですよ。」

第一回大会は、大成功のうちに終わることとなりました。しかし不運にも、翌年に有珠山が噴火したことから競技会は数年間中断することに。その後2002年に日本ウォーターワーク協会を設立。大会開催地を野尻湖へと移し、今年の秋には13回目の大会が開催されたとのことです。

「余談ですが、日本で一般的に行われた一番古いドッグスポーツ競技会は犬ぞりなんですよ。今となっては、すっかり昔話になりますが、犬ぞりの最盛期は本当にすごかったんです。スポンサーも沢山ついて。日本の犬ぞりは、アラスカのアイディタロッドのような過酷なものではないですし、一昼夜走るようなこともないのですが、この時代にわざわざ犬に過酷なことをさせるべきではないという動物愛護の観点から、スポンサーが降りてしまったり、別のドッグスポーツに移ってしまったりということで、競技会を開催することが以前よりも難しくなってしまったんです。でも、犬ぞりをされている方々は、ドッグスポーツの楽しさを本当によくご存知ですから、犬ぞり以外のさまざまなドッグスポーツをされるようになっていったんです。」

犬種の特性をドッグスポーツで活かしていきたい

「最初のウォーター・トライアル競技会で優勝したのが、やはり、ニューファンドランドでした。それを見て、犬種特性ってすごいなとしみじみ思いました。犬ぞりのハスキーだってそうですよね。その犬種が持っている特性を、ドッグスポーツを通じて活かしていくことは、すごくいいことなのではないかと思ったのです。フリスビーにかかわり始めたころは、”犬と遊びましょう”という、どちらかというとドッグスポーツの入門編という感じの軽いノリでやっていたのですが、徐々に犬種の特性を活かすことの意味を考えるようになっていきました。」

ウォーター・トライアルやアジリティなどは、犬の意思だけで出来るものではなく、ハンドラーが犬に指示を出すことによって成り立つスポーツです。千葉さんは、犬とハンドラーが意思を通わせ合うこと、さらには、犬種特性を活かすことが、ドッグスポーツの真髄なのではないか?と考えるようになっていきます。そうして、ウォーター・トライアルを日本に紹介した後には、シープドッグ・トライアルとドラフト・テストを日本に紹介することとなりました。

アマチュア犬参加の大会として初めての開催となった、千葉県マザー牧場での『シープドッグ・トライアル』。写真は第4回、2000年開催時のものです。

「シープドッグを始めるきっかけのひとつには、ボーダー・コリーが流行り始めたということもありましたね。アジリティ人口が増えてきていたこともありまして、ボーダー・コリーはまさにドッグスポーツを通じて広まっていった犬種といえるかと思います。しかし一方で、ボーダー・コリーがどれほど訓練の大変な犬かということは業界内で話題にもなっていまして。それじゃあ、ボーダー・コリーは本来何をすべき犬なのか、その能力を活かすためにはどうしたらいいのかということを考え、シープドッグ・トライアルをやってみようということになったんです。シープドッグは本当にすごいですよ。実際に牧場で働いている犬も出場するのですが、もう、競技会が終わる頃には皆の目から涙があふれ出てしまうほどですから。犬ってすごい、犬って素晴らしいって。」

日本に合った形のドッグスポーツへ

日本のドッグスポーツの現状やこれからについて、どのようにお考えになっているのか伺ってみました。

「実はですね、どのドッグスポーツも、それぞれの競技会に参加する頭数がどんどん減ってきているようなんですよ。最大の理由はひとつ、小型犬ブームだからです。ドッグスポーツをする犬そのものの頭数が減ってきているからなんです。」

小型犬ブームという背景から、小型犬が参加しやすい競技が出来始めているそうです。

「たとえばタイムトライアルという競技があります。タイムトライアルは、まっすぐ走るだけのいわば短距離走なのですが、それならば小型犬でも出来ますよね。簡単なところでは、チワワでも参加できるような、ミニミニアジリティなどもいいかなと思っています。海外には小型犬が中心となったドッグスポーツがほとんどありませんから、まさに今、日本オリジナルの小型犬向けのドッグスポーツを考えるいい機会ではないかと思っています。また、中大型犬向けのドッグスポーツについてですが、まだ日本に入ってきていないドッグスポーツは欧米にありますけれども、新しいものを入れるより、今あるものを日本に合わせた形で成熟させていくのがいいかなという段階に入っていると思います。」

2002年、日本で初めて開催された、『ドラフト競技』の様子。

また、競技会そのものについての考え方が欧米と日本とで違うという点も指摘されていました。

「競技会に参加することに対する飼い主の方の考え方が、欧米とは決定的に違うと思うことがあります。ドッグスポーツのルールそのものは欧米と同じでも良いと思うのですが、競技会の開催スタイルを日本人向けにしていく必要があると思うのです。例えば海外では、ドッグスポーツはビジネスではやっていません。ドッグスポーツの愛好家の方々が皆で協力して開催するか、ドッグショーの中でやるかですね。日本では、イベント会社などがビジネスとしてやっているところがいくつかあるので、どうしても飼い主の方は、お客さんとして大会に参加するという姿勢になりがちなんです。ビジネス的な競技会と、そうではなくて、愛好家の飼い主の方々が皆で手作りして開催する競技会とを混同してしまいがちと言いますか。自分たちが競技会に参加しているんだという喜びが、ビジネスではない競技会を盛り上げていくために必要だと思うのですが、その辺りを含め、日本人向けに何らかのアレンジをしなくてはならないと思っています。」

もしかしたら、小型犬にはドッグスポーツそのものがそれほど必要ではないのかもしれないとも千葉さん。ドッグスポーツではない違う何かが必要なのかもしれないと。ドッグスポーツにこだわりすぎず、小型犬と飼い主さんとが一緒に楽しめる、一緒に遊べる何かを考えていけたらいい、その一方で、現存するドッグスポーツの成熟を見守っていきたいとお話されていました。

インタビューは、まだまだ続きます。

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