「犬が隔離されない社会になって欲しい」 – 千葉路子さんインタビュー (3)

文と写真:尾形聡子(本記事はdog actuallyにて2011年1月13日に初出したものを一部修正して公開しています)

野尻湖でのウォーター・トライアル競技会でのひとコマ。

犬が隔離されない社会へ

「この20年で、ドッグランやドッグカフェ、犬と泊まれる宿泊施設などが増えたことはいいことだとは思います。犬と一緒に色々な所へ行けるし、遊ぶ場所も増えてきた。ただ、アンチテーゼな部分もあるなと思うんです。本来ならば、そんなものが無くても人と犬とが一緒に暮らせればいいのではないかと思うからです。そのようなものがあるということは、逆に隔離されてしまっているともいえますからね。」

犬の仕事を始めたばかりの時、ある事柄について編集者の方と言い合いになったことがあるそうです。ペットと住めるマンションが出来始めた頃のことです。

「ペットと住めるマンションが出来始めたことについて、私はすごく良いことではないかと言ったんです。しかし、編集者の方は、”そのマンションに住みなさいといわれているのと同じことなんだよ”と、言うんです。つまり、そこにしか住むことが出来ない、隔離されているんだよと。躾がきちんとされていれば、街のどこにいてもいいはずなのではないかと。それを聞いて、確かにそうだなと思ったんです。ドイツやスウェーデンなどでは、犬は普通にどこにでもいて、人間の生活から隔離されていないんですよね。」

ドッグランやドッグカフェの存在は、人と犬との共存社会が広がっている、良い傾向になっていると思われがちなのですが、むしろその逆で、実はどんどん隔離が進んでしまっているとも感じると千葉さんはいいます。

「実際そこから派生する問題も起きています。たとえばドッグカフェでは、犬OKなんだから、犬連れで何をやってもいいでしょ、という飼い主の方が出てきてしまっています。そうではなくて、きちんと躾が入っていて、人間と同じカフェに愛犬と一緒に行ける社会が理想なのではないかと思うんです。ドッグカフェやドッグランが増えることで、言い方は悪いですが、勘違いしてしまっている飼い主の方がどんどん増長してしまうようなことにだけはならないよう、うまくバランスを取っていければと思います。そして最終的には、犬を隔離するとかしないとかではなく、取りたてて特別なことをしなくても、肩の力を抜いて自然に人と犬とが一緒に暮らしていくことができる社会になっていけばいいなと思っています。」

今後の仕事の方向性

このところ随分増えてきた、”老犬の介護施設”。千葉さんは随分前から老犬の介護施設をつくりたいという気持ちを持ってこられたそうなのですが、色々な方が始められているということもあり、今は出版の方を精力的にやっていきたいと考えていらっしゃるそうです。

「もう、イヌはオオカミから進化して・・・ということはそれほど必要ないのではないかなと思っています。もちろんそれを知っておくことは大切ではありますけれども、犬が家の中に入ってきてから少なくとも100年、200年という年月が経っているわけです。なので、現代の人間社会に暮らす動物としての研究の仕方が必要になってくるのではないかと思います。私としても、そのような視点からの書籍を出していければと。たとえばそれはボディランゲージであり、日常的に目にするストレスサインやシグナルを、私たちがもっと理解できるようになれば良いと思うんです。日常的に飼い主の方がそういったサインを読めるようになれば、もっともっといいコミュニケーションが取れるようになっていくと思うんですよね。実際に、ボディランゲージを知ると知らないとでは、犬への接し方も変わってきますし、知っていれば犬に余計なストレスをかけることが減っていくでしょう。人も犬も一緒ですが、ストレスがかかった状態では何も覚えられません。つまり、ボディランゲージを知ることで、日常生活もスムースになり、訓練にも役立つというわけです。」

“現代社会を共に生きる”人と犬のために、暮らしのヒントとなる事柄が沢山あるといいます。

「ですので、現代の犬をうまく紹介できるような、そして、日本の飼い主の方々や犬の好きな方々の感性に合う、気軽に勉強することができるような本を出版していきたいですね。」

ドッグスポーツとは縁遠い、2頭の犬と暮らしています

現在、2頭の犬と暮らしていらっしゃる千葉さん。しいたけ(シーズー・メス・6歳)と、飼い始めてから1年をちょっとすぎた、ジョン子(パグ・メス・推定5歳)です。


先代のぶーちゃん(左)と、しいたけ(右)のツーショット。

「前に飼っていたパグのぶーちゃんが亡くなったのが、去年の7月だったんです。その3ヵ月後に、親友がやっている”ふがふがれすきゅーくらぶ“という保護団体から一頭犬を飼ってくれないかという話が来て飼い始めたのがジョン子です。先代のぶーちゃんも同じ団体で保護されていた犬だったということもありまして。」

話をもらって会いに行ったジョン子はしつけが入っていなく、脚に原因不明の怪我もあり、預かりの方と獣医師の方がともに苦労されていたのを目の当たりにし、私しかいないと決心されたそうです。ジョン子は千葉県の柏市の街中で保護された犬でした。


去年から千葉家に仲間入りした、ジョン子。お仕事がら写真を撮ることは多くとも、なかなかご自身と愛犬と一緒の写真を撮る機会が無いそうです。

「子どもの頃はずっと猫でした。なので、私が最初に飼った犬は、シーズーのラッシーです。私を犬書籍業界へといざなってくれた犬です。その後も代々シーズーを飼っていたのですが、誰もいなくなった時期があり、その時にぶーちゃんを迎えました。ぶーちゃんと暮らし始めてから、またどうしてもシーズーを飼いたくなり、知り合いのブリーダーの方から売れ残った仔犬を譲ってもらったのが、今のしいたけです。」

シーズーとパグとは、どちらもドッグスポーツとは縁遠い犬種です。ドッグスポーツに携わる千葉さんが、ドッグスポーツ向きの犬種を飼われていないことが、少し意外にも思いました。

「そうなんですよ、ドッグスポーツをプロデュースしていますと、ラブやボーダーは飼わないんですか?と良く聞かれるんです。でも、ドッグスポーツを知れば知るほど、そして、ラブやボーダーを知れば知るほど、私の生活スタイルですと夜も遅いですし、仕事で忙しいことが多いですから、そういった犬種は飼えないと思うんです。だから、たまたまなんですが、飼い始めた犬がシーズーで本当に良かったなあと思っています。シーズーやパグだからドッグスポーツはしませんけれど、それもまた良かったなあと。もし自分でもボーダーなどを飼っていて、その飼い犬がからきし駄目だったりしたら、なんだかジャッジしにくくなってしまいますからね(笑)。」

ラッシーがいたから、今の私があるんです

「犬関係の仕事をされている方は皆さん口を揃えておっしゃいますが、もれなく私も、”あの犬がいたから、この仕事についたんだ”パターンです(笑)。初代のラッシーです。ラッシーがいたからグルーミングの雑誌をやってみようと思いましたし、ラッシーがいたから犬ってどういうものかということが分かるようになりました。ラッシーが晩年椎間板ヘルニアになって歩けなくなったことからも、ハイドロセラピーをやってみようとも思いましたし。15年ほど前になりますが、犬のハイドロセラピーをスウェーデンに見に行ったんです。もちろん当時の日本には犬のハイドロセラピーなどなかったですから、人間のハイドロセラピーやリハビリなどで学んで、それが今、身になっているといいますか。そういう意味でも、ラッシーが今の私を導いてくれているんだなと痛感しています。」


ドッグガーデン両国にてハイドロセラピーのデモ中の千葉さん。現在、ハイドロセラピーのコースはジアスセラピストスクールで開催されているそうです。

100人が100人、”この犬がいたから、私はこの仕事をやっているんです”という気持ちにさせてしまう何かが犬にはあるんだと千葉さんはいいます。それが、とてもとても不思議だと。

「なので、犬は家族でもないなあと。パートナーでもないし、仲間という感じでもないですし。自分の身体の一部、あるいは脳の一部という感じでしょうか。ある意味で犬が、私の生き方を決めているということじゃないですか。もはや、私の脳ですよね(笑)。とにかく不思議な存在です。同じようにペットとして猫や猿などもいますが、この猫で、この猿で私の人生が変わったという話はそうそう耳にしませんものね。でも、”この犬と出会って人生が変わった”という話は、本当に多いですから。これからも、今一緒にいる犬たちが私の原動力となってくれると思います。そう、犬は私のライフワークですから。」

犬は本当に不思議な存在だという千葉さん。これまでに数え切れないほど多くの犬たちと出会ってこられたのでしょうが、いまだに不思議な存在のままであるといいます。むしろ、知れば知るほどに不思議な存在になってきているのかもしれません。千葉さんが犬に対して不思議な存在だという感覚を持つように、ある意味で、私はその不思議な存在だという感覚に近いものを人としての千葉さんに感じた気がします。千葉さんが理想とされる、”肩の力を抜いて自然に人と犬とが一緒に暮らしていくことができる社会”に向けて、これからもますます精力的に活動されていかれることを楽しみにしたい、そう思いました。

 

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