文:藤田りか子
我が家にいる13歳のシニア犬は、以前なら敷地に車が入ってくれば、音を聞きつけてどんなに深く寝ていても即起き上がり玄関でワンワン吠えていたものだ。ところがここ2、3年、車の音にまるで気がつかず、ひたすら寝続けるようになった。とんと耳が遠くなった。老犬と暮らすみなさんなら、この現象に心当たりがあるのでは?名前を呼んでもなかなか反応しなかったり、人が入ってきても気づかなかったり…。
聴力は加齢とともに低下していく。ただし犬の聴覚の衰えは身体だけではなく、メンタルにも影響を与えるという。シニア犬を対象に聴力検査と認知機能テストを行った研究(尾形聡子さんの記事「加齢による難聴と高齢犬の認知機能との関係」参照)によると、聴力が低下している犬ほど認知機能障害の評価スコアが高くなりがちで、「活力」や「飼い主との交流」といった生活の質の指標とも関連していたということだ。犬の難聴は、犬と人とのコミュニケーションのあり方、つまり関係性も変えてしまうのかもしれない。人でも、加齢による難聴が社会的交流の減少に関連していることが知られている。
だとすれば、聞こえにくくなった犬にもう一度「音」を届けることができれば、犬と人との関係はより向上するかも?
今回紹介するのは、犬の聴覚を補助することを目的に開発されている骨伝導デバイスのプロジェクトだ。音を空気を介して伝えるのではなく、振動として頭部の骨に伝えることで、聞こえにくくなった犬と飼い主とのコミュニケーションを助けようという試みである。
この装置、Vibone nezu pet for Dogs (バイボーンネズペットフォードッグス)を開発したのは、骨伝導技術を用いた音響機器の研究開発を行うソリッドソニック株式会社の代表取締役、久保貴弘(くぼ たかひろ)さん。久保さんの会社はもともと、この技術を使って難聴者に「聞こえ」を届ける製品開発を行ってきた。骨伝導では、振動が骨を伝わり内耳の蝸牛に到達することで音として認識される。犬にも人と同じように蝸牛があるため、理論的には同じ仕組みで音が伝わる。
「飼い主さんから犬のための補聴器はないんですかという質問を度々受けていたんです。そして、飼い主さんは愛犬に自分の声を聞いてもらいたいという願いもあるんだということを知りました」
と久保さん。さて、しかしどうやって犬の耳に補聴器を押し込むのか、と思われるかもしれない。が、そこは骨伝導の強み。耳に直接あてずとも、装置が頭部周囲の骨に接していればOK。よって補聴器は首輪型なのである。

久保 貴弘(くぼ たかひろ)さん ソリッドソニック株式会社 代表取締役
独自の骨伝導技術を軸に、聞こえに関する社会課題の解決に取り組む起業家。従来の気導式とは異なるアプローチで、伝音性・混合性・感音性難聴を含む幅広いニーズに応える製品開発を推進。聞こえの困難が生活の質や人間関係に与える影響に着目し、
「聞こえのハンディキャップが存在しない社会」の実現を掲げて事業を展開している。近年は人向けデバイスにとどまらず、加齢や疾患によるペット犬の難聴という未開拓領域にも挑戦。動物と人がより良く共生できる環境づくりを視野に、技術の応用可能性を広げている。テクノロジーと社会課題を結びつけ、実装までやり切ることを信条としている。
装置の特徴は飼い主の呼びかけだけを選択的に検知するという点だ。つまり装置はずっと作動し続けているわけではなく、飼い主の呼びかけがあって初めて集音モードに切り替わる。
「たとえば犬の名前がユズだとして、飼い主さんはあらかじめ「ユズ!」という呼び声を装置に登録しておきます。いざ飼い主さんが犬の名を呼ぶと、首輪のライトが点滅します。実はライトの裏に振動子というものがあり、犬は触覚でその震えにまず気がつきます」

飼い主さんが犬の名を呼ぶと、首輪のライトが点滅!そしてライトの裏にある振動子も作動する。
ここから15秒の集音モード。その間装置は周囲の音を拾い、それを骨伝導によって犬の聴覚へ届ける。つまりまず首輪の振動によって飼い主の呼びかけに気づき、その後に音が伝わるという仕組みだ。
「開発の過程ではすぐに言われたんです。『振動を伝えるだけなら飼い主の声ではなく、リモコンで作動させればいいのではないか』と。それはそうですけど、わんちゃん、家電製品なんですか?って思いました。僕はそれをあえて避けたんです。リモコンで犬を操作するみたいで、飼い主さんの気持ちに寄り添えないなぁと思って。それよりも音声認識で呼びかけてもらい、犬とお話をする。これは僕の『こだわり』です。飼い主さんにはとても愛情強い人もいます。そこに配慮しました」
試聴会で装置を使ったときの様子も印象的だったと久保さんは話す。振動を感じた犬がふと振り返る。その瞬間、飼い主がとても嬉しそうな表情をするのだという。

最新のデモ機を装着してお試し会!
ただし装置をつければすぐに犬は音を聞いて飼い主に反応する、というわけではない。まずは振動を感じたときに「飼い主が呼んでいる」ということを犬が理解できるよう、関連付けをしていくトレーニングが必要になる。そのトレーニングを本プロジェクトで担当しているのが、ドッグトレーナーの畑中 学さん(株式会社Heydogs 代表取締役)だ。
「関連づけができてくると、飼い主が呼んだときに犬が振り返るようになります。その瞬間がすごくいいんです。飼い主さんが本当に喜んでいる!」
ダルメシアンなど先天性難聴の多い犬種でも試みは行われた。
「生まれてから音を聞いたことのない犬でも、振動と飼い主の声を関連づけることで、呼びかけに反応するようになることもあります。そういう子でもうまく行ったのを見ると、ちょっと感動しますね。初めてママの声を聞いた、みたいな!」
開発にあたって調べてみると、犬専用の補聴器というものは意外なほど存在していなかったという。
「ディープリサーチかけても、北米で唯一犬の補聴器を作る試みがあったらしいですが、実現してないんです。というのも、空気振動でつくろうとしているから。骨伝導で作るっていう人がいないんですね」
そもそも人の補聴器のほとんどが空気振動を利用するタイプだ。その方が確実に音の質が安定するからだという。ただし空気振動を利用するタイプを犬の耳に装着するのは現実的ではない。骨伝導であれば、耳の構造に依存せず音を伝えられる可能性がある、と久保さんは考えた。
現在この装置は、動物医療機器ではなく家電製品としての「集音器」という形でクラウドファンディングを通じて公開されている。今後は鳥取大学獣医学部の研究者と連携しながら臨床試験を行い、将来的には動物医療機器としての展開も視野に入れているという。
もし愛犬の耳がめっきり遠くなってきたと感じている方がいたら、このプロジェクトをぜひのぞいてみよう。現在、首都圏と大阪ではお試し・体験会も開催されており、デモ機の改良も続けられている。
クラウドファンディングは2026年1月16日からスタートしており、第1期は2026年4月15日まで。この期間に購入した人には、2026年10月末ごろ製品が届けられる予定だ。久保さんはこう話す。
「世界でまだ誰もチャレンジしていない取り組みなんです。ぜひ応援していただけたら嬉しいです」
先行予約(クラウドファンディング)はこちらから!↓
【関連記事】









