犬は「言葉」を機能で理解する?―ギフテッド・ドッグの挑戦

文:尾形聡子


[photo by Martin Krchnacek on Unsplash]

私たち人は、日々の暮らしの中で物事に名前をつけ、それを手がかりに身のまわりにある世界を理解しています。赤ちゃんのころは、目に映る形が似ていればそれらを同じカテゴリーのものと見なし、「コップ」「ボール」といったラベルをはっていきます。しかし成長するにつれて、グラスや取っ手つきのカップのようにたとえ形が違っていても「飲むためのもの」とラベリングするなど、物が持っている機能に基づいて分類することができるようになっていきます。これは「ラベルを一般化する」という認知機能のひとつの発達過程に見られる現象です。

では、言語を持たない犬たちはどうでしょうか。犬も人と同じようにカテゴリー化を行っていますが、それは色や形、質感といった「見た目の共通点」に限られるのではないかと長らく考えられてきました。最近の研究では、おもちゃの名前を覚えた犬が「質感」よりも「形」を優先して新しいおもちゃをラベルづけする「形状バイアス」を持つことが確認されています(詳しくは「犬にとってオモチャ識別に重要なのはどっち?」を参照)。

目に見える形状から推測される物体の一般化は、人において語彙を学習していくことと関連性があることが知られています。犬は人の言語を使うことも話すこともできませんが、人でも到底無理かもしれないほど、おもちゃの名前を覚えることのできる天才的な犬がいることに注目が集まったことを覚えている方もいることでしょう。

それは、ギフテッド・ワード・ラーナー(Gifted Word Learner)と呼ばれるようになった犬たちです。世界を驚かせたのは2004年にドイツの研究チームにより報告された事例で、ボーダー・コリーのRicoは200ほどのおもちゃの名前を覚えていることが各国のニュースで流れました。続いて2011年にアメリカの研究者らが報告したのは、同じくボーダー・コリーのChaserは、なんと1022ものおもちゃの名前を覚えているという事実。

いずれの犬も遊びの中でおもちゃの名前を覚えていき、「言葉を理解できる犬」として大きな話題になりました。近年では、ハンガリーのエトベシュ・ローランド大学の研究チームがこうしたギフテッド・ワード・ラーナー犬を対象に継続的な研究を行い、語彙学習の才能が年齢や経験ではなく、個体差として現れることを明らかにしています(詳しくは「桁外れな記憶力〜天才犬は生まれつき?経験?それとも若さ?」を参照)。

こうした成果を踏まえ、エトベシュ・ローランド大学の研究者たちは次の問いに挑みました。

「犬は、見た目を超えて「機能」に基づいてラベルを拡張できるのか?」


[photo by Pixel-Shot]

遊びの中で行われた実験

今回の研究には、高い語彙学習能力を持つ11頭の家庭犬が参加しました。ブラジル、イタリア、ノルウェー、アメリカ、イギリスの5カ国から参加、犬種の多くはボーダー・コリーでした。途中で参加をやめた犬もいて、最終的には7頭がすべての実験フェーズを完了しました。

実験は日常の遊びをもとに、4段階で構成されました。

  1. 機能とラベルの学習
    飼い主が「引っ張りっこで遊ぶおもちゃ」をまとめて「pull」、「投げて遊ぶおもちゃ」をまとめて「throw」と名づけ、遊びのたびに声をかけました。「Look, this is a pull!」「Good throw!」といった調子です。おもちゃは形や素材がバラバラで、共通点は一切ありませんでした。犬が頼りにできるのは、飼い主との遊び方そのものでした。
  2. 理解度テスト
    犬が「Bring me a pull!」といった声かけに応じ、正しい種類のおもちゃを持ってこられるかを確認しました。8頭が基準をクリアしました。
  3. 新しいおもちゃでの機能提示(ラベルなし)
    犬に初めて見るおもちゃを与え、飼い主は「pull」や「throw」のラベルは一切つけずに、「引っ張る」「投げる」という遊び方だけを提示しました。
  4. 分類テスト
    そして最終段階では、飼い主が「Bring me a pull!」と指示しました。犬は初めて見るおもちゃ2個、知っているおもちゃ6個、合計8個のおもちゃの山の中から、遊び方に基づいて正しくおもちゃを選び出せるかどうかがテストされました。

テストは4週間にわたり、ペアごとに異なるおもちゃを使って繰り返されました。合計48回のトライアルを行ったところ、犬たちは平均して3分の2近く正しく選び取りました。統計的にも偶然では説明できない正解率であり、犬は見た目の類似性がなくても「機能をもとにラベリングを拡張する」ことが初めて示されたのです。つまり、見た目は「引っ張りっこ」用に見えるおもちゃであっても、飼い主が「投げて遊ぶおもちゃ」として遊びを通じて機能性を持たせれば、それは犬にとって「throw」とラベリングされるということになります。


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心の中のイメージと、人から学ぶ力

この成果は、犬が「心的表象」を通じて物を思い浮かべていることを強く示唆します。心的表象とは、目の前にないものを頭に思い浮かべることですが、犬は過去の研究でも、視覚や嗅覚、触覚を組み合わせて多感覚的におもちゃをイメージできることが確認されています(詳細は「ボール、ロープ、コング…犬はおもちゃをどう思い浮かべているのか?」を参照)。今回の「pull」や「throw」の学習も、「こう遊ぶもの」という経験を頭の中でイメージし、言葉と結びつけていたと考えられるでしょう。

また、犬は「社会的参照」と呼ばれる能力を持ちます。未知の物体や状況に直面したとき、飼い主の表情や声色を手がかりにして自分の行動を決めています。子犬は母犬だけでなく、人の行動や様子も参照していることが示されており(「未知との遭遇!そのとき子犬は人からの情報を手掛かりにするか?」参照)、犬にとっては幼少期から異種である人に対しても自らの身のふりを決めるための重要な情報源となっています。今回の実験でも、犬が拠りどころにしたのは飼い主の遊び方という社会的な手がかりでした。

これは人の赤ちゃんにもよく似ています。赤ちゃんはまず見た目の共通点でラベルを拡張しますが、やがて親とのやり取りを通じて「用途」に基づいて分類する能力を獲得していきます。犬と人、異なる種において共通するこのプロセスは、社会的な存在として他者を参照しながら世界を理解するという点で非常に興味深いものと言えるでしょう。

犬をよりよく理解するために

こうした研究成果は、犬を人間と同じように「言葉を理解できる存在」として過大評価するためのものではありません。むしろ逆に、犬の持つ柔軟な認知能力を丁寧に知ることで、犬を犬として適切に理解することにつながります。

犬が私たちの言葉をどう取り込み、どのように自分の世界を整理しているのか、その一端を知ることは日常の関わり方やトレーニング方法を見直すヒントにもなるはずです。ラベルを「機能」と結びつけられるというのは、犬の世界が私たちが思う以上に抽象的で、かつ社会的であることを意味しています。

研究者らは、こうした知見が今後さらに犬の認知能力を深く理解する礎になると強調しています。それは、人の言語や認知発達の理解に寄与するだけでなく、犬という生き物を人が持っているバイアスに当てはめるだけのものでもありません。それ以上に、犬そのものを偏りなく見るための新しい視点を与えてくれるのではないでしょうか。人が犬と暮らす上での接し方や遊び方を改善するときにも、犬の柔軟な認知能力を知っておくことは大きなプラスになると思っています。

最後に、今回紹介しました研究の流れは動画でも紹介されています。英語になりますが、実験の雰囲気を見ることができるので、ご興味のある方は以下の動画をぜひご覧ください!

【参考文献】

Dogs extend verbal labels for functional classification of objects. Current Biology. S0960-9822(25)01079-6. 2025

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