文:尾形聡子
[photo by hedgehog94]
小型の短頭種は、世界中で絶大な人気を誇ります。日本も例外ではなく、むしろ世界に先駆けて人気が高まった国と言っていいでしょう。
その人気の背景としてよく挙げられるのが「幼児図式(Baby Schema:ベビースキーマ)」です。動物行動学者コンラート・ローレンツ博士が提唱したこの概念は、人は丸顔や大きな目など、幼い印象を与える特徴に対して本能的に「かわいい」と感じ、非力で守るべき存在として養育行動を起こしやすくなる、というものです。
くわえて、都市化の進行により「都会暮らしには小型犬が合う」と考える人が増えたこと、そしてセレブの人々の飼育が流行に拍車をかけたこともあるでしょう。
さらに、これまでの研究から、小型の短頭種は人懐っこく愛情深いなど、家庭犬として理想的とされる性格を持つことが示されています。たとえば短頭種は、見知らぬ人ともアイコンタクトを取りやすい傾向があるとの報告があります。「かわいい」見た目に加え、積極的にアイコンタクトを求められたら、心を動かされるのは当然かもしれません。
しかし短頭種は呼吸器系の慢性疾患「短頭種気道閉鎖症候群(BOAS)」にかかりやすいことが知られています。犬曰くでも何度も取り上げている病気ですが、呼吸の障害によって日常生活に支障が出るほか、BOASをきっかけに消化器系や口腔内の病気、中耳炎などのリスクも高まると報告されています(「短頭種の気道閉鎖症候群にはどんな病気のリスクが生ずるのか」参照)。そのほかにも、皮膚病になりやすく、突出した眼はケガの危険も大きく、さらに頭が大きいため難産の確率も高いなど、健康面での問題は多岐にわたります。
2022年のイギリスで行われた犬の寿命調査では、もっとも寿命が短かったのはフレンチ・ブルドッグで4.53歳でした。続いてイングリッシュ・ブルドッグ7.39歳、パグ7.65歳、アメリカン・ブルドッグ7.79歳、チワワ7.91歳と、寿命の短い上位犬種はいずれも短頭種でした。2018年の日本の研究でも、フレンチ・ブルドッグの平均寿命は10.2歳で、調査対象犬種の中で一番短かったことが報告されています。
寿命の数字は年毎に変化するものではありますが、「小型犬でも短頭種は寿命が短め」という傾向にあることには違いありません。
それでもいまだ短頭種人気は衰えを見せません。短頭種の飼い主は、他犬種の飼い主よりも外見を重視する傾向が強く(「愛は盲目?苦痛に盲目?短頭種をとりまく現実のパラドックス」参照)、次に迎える犬もやはり短頭種がいいと考える人が非常に多いことも分かっています。
では、病気のリスクを抱えていても短頭種を選びたくなる魅力は、本当に「家庭犬として優れているから」なのでしょうか。魅力のひとつである行動特性は、短頭種だからこそ備わっているものなのか、小型犬だからなのか、それとも飼い主の生活環境や飼育方法の影響によるものなのかは不明です。
この疑問に迫るべく、ハンガリーのエトヴェシュ・ロラーンド大学の研究者らは犬の頭の形と体の大きさ、そして行動特性の関係について大規模調査を行いました。
[photo by bzjpan]
短頭種だからこその特徴、飼い主の影響
研究ではドイツで実施された2回にわたる大規模アンケート調査を解析対象とし、約24,000人の回答の中から頭蓋指数(頭部の縦横比で、短頭か中頭か長頭かに分類するためのもの)情報が得られた90犬種5,613頭の犬が解析対象とされました。そして、犬の4つの性格特性(落ち着き、トレーニング性能、犬への社交性、大胆さ)と4つの問題行動(人への飛びつき、リードの引っ張り、来客時の過剰反応、呼び戻しに反応しない)と、頭蓋のタイプ、体の大きさ、飼育環境、飼い主の特性との関連性を調べました。
その結果、頭の形だけで比較すると、短頭種は中頭種と長頭種に比べて「落ち着きがある」「大胆さがある」という性格特性が見られる一方で、「トレーニング性能が低い」「呼び戻しが苦手」という好ましくない特徴も見られました。
さらに多くの短頭種は小型で若く、去勢手術を受けていない、十分にトレーニングされていない、室内飼育のみ、ベッドに上がることが多いことがわかりました。飼い主は若い世代で初めて犬を飼う女性で一人暮らしをしている人が多いなどの飼育環境や飼い主特性と関連があることが示されました。
解析を進めると、トレーニング性能の低さは短頭種であることそのものではなく、「小型」と「トレーニング不足」に起因していることもわかりました。つまり、頭の形で比較した場合にトレーニング性能に差はなかったということです。
一方で、短頭種であることに起因していたのは「犬への社交性の低さ」「人への飛びつきの少なさ、リードの引っ張りの少なさ、来客時の過剰反応の低さ」でした。
これらの結果をまとめると、短頭種は生まれつき落ち着いていて過剰反応はしないけれども呼び戻しがうまくできない傾向にある、ということになるのですが、この特徴は短頭種が抱える慢性的な呼吸器疾患の問題に付随したものである可能性も考えられます。運動するとすぐに苦しくなるのであれば、自ずと運動をしなくなり、動きが鈍くなる(過剰反応しない)かもしれないからです。そのような健康状態が飼い主の保護欲求のようなものを引き出している可能性もあります。さらにそこに「小型」であることが加わると、トレーニング不足や飼い主の甘やかし傾向が強まり、ネガティブな特徴が出やすくなることがわかりました。
研究者らは、これらの知見は短頭種が多くの人々に魅力的に映る理由の理解を深めるとともに、飼い主やブリーダーにとっても適切な飼育やトレーニングを促す指針となり、短頭種の福祉向上に貢献するものであると結論しています。
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飼い主に知識があることはやはり重要
今回の研究からわかったことでとても大事だと思ったのは、頭の形でトレーニング性能は変わらないという点であること、そして、トレーニング性能の低さや好ましくない行動は飼い主の経験不足や生活スタイルから生じている可能性が高いという点です。
もちろん誰しも「初めて犬を飼う」経験を踏むものです。そして経験を積むごとに飼い主レベルも高まっていくものだと思いますが、だからと言って、犬を飼うにあたって知っておくべきこと、するべきことを見過ごしていいというわけでもありません。さらに、短頭種においては、生まれつきの頭の形が引き起こす呼吸器疾患をはじめとしたさまざまな健康懸念があるということを、知っておく必要があります。
そのような短頭種の飼い主さんが増えれば、自ずとブリーディングの質も高まり、病気に苦しむ犬たちも減っていくのではないか、そんなふうに思うものです。
【参考文献】
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