文:尾形聡子
[photo from wikimedia]
セラピー犬と触れ合う時間を持つことで、人は心やからだの状態を改善することができます。動物介在介入(AAI)のひとつである動物介在療法(AAT)にて活動する動物の中でもっとも一般的なのは犬ですが、そのほかにも馬やイルカなどの大型の動物から、猫やウサギなどの小型の動物も参加することがあります。AAT活動の際に不可欠なのは、セラピーセッションに参加する犬や動物の福祉が最大限守られていることです。癒しのパワーを動物から享受するだけでなく動物自身の状態にも配慮することは大前提とされています。
そのためには、セッションに参加する犬の性格や適性をしっかりと判断し、犬に適切なトレーニングを行う必要があります。セラピー犬としての資質がなければ、いくらトレーニングを積んでもセラピーセッションは犬に負担になってしまうからです。そのあたりについて詳しくは、以下の藤田りか子さんの記事をご一読いただくとよく状況を理解できると思います。
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セラピー犬の人への効果が科学的に認められ、世界的に活動が行われている一方で、人の感情に影響を受けやすい犬が否定的な感情やストレスを抱えた人と接することでストレス感じることがないのかという心配の声があがることもあります。ともすると動物虐待とみなす人もいるでしょう。実際、犬は人の汗のにおいから感情を嗅ぎ取ったり、飼い主と犬の長期的なストレスレベルが同期していることなどがわかっています(以下の記事を参考に)。ですがそのような視点から考えれば、逆に、セラピーセッションによって人がリラックスを感じられれば、犬はその影響を受けて気持ちがリラックスする可能性もあるかもしれません。
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セラピー犬がセラピーセッションへの参加でストレスを受けていたり、感情的に辛い状況になっているかどうかを調べた研究はそれほど多くないのが現状です。そこで今回は、チェコ生命科学大学プラハの研究者らによる2024年に発表された研究を紹介したいと思います。
[photo from wikimedia] 医療機関でのセラピーセッションのひとコマ。
セラピー犬はセラピー活動を楽しんでいる?
研究には、セラピー犬として過去3ヶ月間において週に1〜2回セッションに参加している犬15頭が参加しました。犬種はボーダー・コリー(4頭)が最も多く、続いてゴードン・セター(2頭)、ラブラドールやビーグル、ボストン・テリアなどさまざまでした。ハンドラーとなる飼い主の職業もさまざまで、教師、ソーシャルワーカー、心理療法士などの専門職の人たちで、すべての飼い主は何かしらのアニマルセラピーの認定コースを受講していました(ちなみにチェコ共和国ではAAIの認定コースの受講は法的に義務付けられていないそうです)。
研究者らは犬の生理的なストレスレベルを評価するために、犬が約60分のセラピーセッションを行う際、施設に到着して30分休憩した後、介入セッション後、セッション後30分休憩した後の3回唾液を摂取しました。また、コントロールとして、セッションのない日の同時刻にも唾液を採取、いずれも4日分のサンプルを収集しました。また、犬のストレス行動(中程度あるいは高度)や友好的な行動を評価するため、ハンドラーは各セッション後に25の質問からなる犬の行動アンケートに回答を行いました。
ちなみにセッション対象のクライアントは子どもから高齢者まであらゆる年齢で、身体的、認知的、行動的、精神医学的な問題などそれぞれ抱えている方々でした。
解析の結果、セラピーセッションを行った日と、何も行わない日に採取した唾液中のコルチゾール濃度(ストレス指標になるホルモン)には有意な差が見られませんでした。さらに、セラピーを行った後にコルチゾール濃度が上昇することもなく、一部の犬ではむしろセッション後にコルチゾール濃度が低下していました。
そして、セッション中の犬の行動解析においても高度のストレス行動はほとんど見られず(発生頻度は3.12%)、中程度のストレス行動も16.22%、行動の多くは友好的なものが圧倒的で全体の80.67%を占めていました。
これらの結果は犬がセラピーセッションを楽しんでいたことを示唆しています。研究者らは、セラピーセッションが犬のニーズを尊重して適切に行われる場合には大きなストレスがかかることはなく、セラピー活動は犬にとってハンドラーやクライアントとの楽しい交流ができる充実した場となりうることが示されたと結論しています。
[photo from wikimedia] 大学でのセラピーセッションの様子。
今回の結果は以下の記事で紹介しました、2018年と2020年の研究結果(いずれもアメリカ)を裏付けるものとなりました。セラピー犬としての資質がある犬にとっては、散歩に行ったり遊んだりするのと同様に、セラピー活動は楽しいイベントだと感じているとも言えるのかもしれません。
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ただし、セラピー犬の需要が高まっているのに反して十分な頭数が確保されていないという問題も生じているようです。特に、コロナの流行によって途絶えてしまった活動を復活するには別のところで労力がかかるかもしれませんし、その間に犬が歳をとってしまって引退を早めたなどということがあったかもしれません。
セラピー犬の活動は各地域でのボランティア活動として行われることも多いので、トレーニングプログラムを拡充し、地域との連携、支援体制が強化されれば、適性のある犬が適切なトレーニングを受けやすくなり、セラピー犬の活躍の場が増えていくのではないでしょうか。そしてこのような研究結果をもって、セラピー犬の活動は犬がストレスを感じるものではなく、むしろ楽しんでいるということを多くの方々に広く知ってもらえたらと思っています。
【参考文献】
【関連記事】
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