文:藤田りか子
[Photo by Not enough megapixels]
日本では「狩猟犬」というと、獰猛な響きがあるらしい。とある猟犬が逃げた、ということで警察がでてくるまでの大騒動になったと、日本の地方都市に住む知人が話してくれた。逃げた犬はどうやら、ビーグルかなにかだったようだが、このようないわゆる「嗅覚ハウンド」に属する犬種、特にイギリスを原産とするタイプは、は概して人にフレンドリーだ。警察沙汰になるなんて…。
猟犬は全部ひっくるめて「獰猛」というレッテルが貼られている日本の状況を見るにつけ、動物への知識があまりにもお粗末すぎてひどくがっかりしてしまう。もっともそのような「獰猛」なイメージを作り上げた猟犬が現に日本に存在する、というのも聞いている。ただし多くの場合、それは人災でもあると思っている。普段犬舎に閉じ込められ、猟期だけ出してもらうものだから、一旦出されたらアドレナリン大放出状態。そのために血走り、獣ではなくとりあえず人や子供を襲ってしまうこともあるらしい。このような「統制の取れていない猟欲」は、ブリーディングのまずさにも起因しそうだ。筆者が住むスウェーデンにはイノシシ猟やクマ猟の犬がたくさん存在するが狩猟中に人を襲う、という事件はまず聞いたことがない(一方で日常の状況で家庭犬に咬まれる、は起きている)。
猟犬の弁護をしているうちに、つい前置きが長くなり、おまけにトーンもなんだか暗くシリアスになってしまった。が、今回紹介するのは、そう猟犬、それもイギリスを原産とする嗅覚ハウンド犬について。そしてとても楽しいお話ですよ!
騎乗によるキツネ猟の禁止令
スカーレット・レッドのコスチュームに身をつつんだ馬に騎乗したハントマンが「タリー・ホー!」とかけ声で合図を出す。それと共に馬上からラッパが響く。プゥッー、プゥッー、プゥッー!すると何十匹ものハウンド犬達は太いよく通る声で一斉に吠え出し、先頭をきって走り出す - イギリスのこんな典型的カントリー・シーンを、映画などで見たことがある人は多いはずだ。貴族や名士の社交スポーツでもある有名なキツネ狩りである。
300年続いたこの英国の伝統は実は2005年、つまり今から20年前にピリオドが打たれている。流血の騒ぎにまで至ったキツネ狩り支持派による10万人の大デモにも拘わらず、当時のブレア首相はとうとう強行にもイングランド、およびウェールズにおける犬による狩猟禁止令を可決させた。
この禁止法によって、狩猟に従事している人を含め約8000人が失業の危機に直面。ただし、そのリスクにさらされたのは人々だけではない。全国に約300あるというハウンド犬の犬舎の犬たちの失業も余儀なくされた。彼らの運命はその後どうなったのだろうか?全員安楽殺?それとも動物愛護団体がひきとった?日本だったら後者のオプションが取られそうだが、しかしこのようなハウンド犬は純粋なる猟犬としてずっと犬舎でパック(犬の群れ)暮らしをしてきた。室内で人と共に生活ができるようしつけを受けたこともない。おまけに、猟犬としてのあのスタミナの持ち主である。彼らを家庭犬として飼いきれる飼い主はまずほとんどいない。ハウンド猟犬は元気で人懐こいが、決して飼うのは易しくはない犬達である。
[Photo by Not enough megapixels]
そのまま維持されているパック
禁止令からすでに20年たつが、ハウンド犬の事態は意外にも、以前と変わりがないということなのだ。もっともハウンド犬舎(ハウンド犬舎は「ハント」とイギリスでは呼ばれている)は禁止令以前の300件から現在約170件に減少。しかし、ハウンド犬のパックの伝統を守ろうと、多くのハント所有者は犬を手放すことなくそのまま犬舎を維持した。
イギリスの中部レスターシャーのビーヴァー城のビーヴァー・ハントを訪れたことがあるのだが、フォックスハウンド達は以前の通りにパック(群れ)になって犬舎住まいを続けていた。ハントマンに聞くところによると、このままパックを維持していく意向だそうだ。
「僕たちはいずれ、キツネ狩りは再開される、って信じているんだ」
キツネ狩りは単なる上流階級者の道楽ではない。カントリーサイドに住む農民を含め、たくさんの雇用とレジャーを作り出している、一つの文化だという。
「それに現法律では、キツネを殺すのに犬の使用は禁止するが、銃ではOK。結局害獣として殺されるキツネの数は今までと変わらない。いずれキツネ狩りは合法的に再開すると多くの支持者は信じているよ」
そのようなわけで現在残ったハントはブリーディングを続けている。以前ほど多くの子犬を取ることはないが、フォックスハウンドという犬種を絶やさないようにしているとのことだ。
ハウンド犬の血統登録をしているマスター・オブ・フォックスハウンド協会も禁止令施行後も、各ハントにフォックスハウンドのブリーディングを決して止めないよう、血統の存続を促してきた。ちなみにイギリスのハウンド犬血統登録の歴史は200年前にもさかのぼるという。これほど古くから血統が管理されている犬種は世界に他におらず、なんとサラブレッドの血統登録よりもさらに古いのだ。馬と同様に、由緒ある血統伝統を絶やしてはいけない、という思いもハウンド支持者の間にあるといってもいい。
ハントの様子。イギリスコッツウォルズにて。 [Photo by Rikako Fujita]
ハウンド犬の新しい道
キツネ狩りの何が面白いのか?キツネ狩りファンにとっては、馬に乗って、大勢の仲間とハウンドの働きを見ること。フィールドをギャロップで走りぬけ、そして柵を犬といっしょに飛び越えること。これぞ醍醐味。キツネを殺すというのは、たんにゴールとして設定されているだけで、娯楽としてそれほど大きい要因ではない。それなら、殺さないで、ハウンド犬と走るだけというのはどうだろう?
そんなアイデアを基に、禁止令後すぐにイギリスにて新しいスポーツができあがった。トレイル・ハンティングというものだ。あらかじめキツネの足跡(キツネの毛皮やキツネのにおいのする人工合成臭を使う)を人がフィールドにつけて、それをハウンドのパックに追わせる。そのあとを騎乗したハントマンやギャラリーがついていく。要はキツネ狩りのシュミレーション。さすが、イギリス!ドッグスポーツ(そしてホーススポーツ)を作る天才である。以下の動画でトレイル・ハンティングの様子をお楽しみあれ。うっとりとため息しかでないこと、請け合い!
キツネ狩に変わる騎乗によってハウンドと獲物を追うスリリングさを楽しむスポーツ、トレイルハンティングの様子。