文:尾形聡子
犬との生活に欠かせない散歩。そして散歩に欠かせないのが犬と飼い主をつなぐリードと首輪、あるいはハーネス。ひと昔前はハーネスといえばソリ犬や盲導犬、警察犬など働く犬が使うイメージだったものですが、最近ではハーネスを使って散歩をしている犬がとても増え、すっかり市民権を得ていると感じます。皆さんは愛犬との散歩には首輪とハーネスどちらを使っているでしょうか?首輪抜けしてしまわないよう、両方装着して散歩している犬の姿も見かけるものです。
一般の家庭犬が首輪を使う際、タイプによって首への負担がどの程度違ってくるかを調べる研究はこれまでいくつも行われています。というのも、チョークチェーンやプロングカラーなど、正しく使用するのが難しく、犬に怪我を負わせてしまう可能性が高いものに関しては、犬の健康そして福祉に及ぼす悪影響をしっかりと把握しておくことが大切だからです。以下の記事にて首輪の種類における首への負荷を調べた研究を紹介していますので、ぜひご一読ください。
ではハーネスについてはどうかといえば、ハーネスは引っ張りが強い犬でも体に負担がかかりにくい(引っ張る力が分散されるため)、首や背中に問題がある犬にも安全、首や喉に圧力がかかるのを避けられる、ということはわかっています。しかし、コントロールのしやすさや引っ張りを軽減できるかどうかに関しては犬のサイズや健康状態、リードウォークができているかどうかなど、ほかの要因も影響してくるものです。
そもそもハーネスの種類によって犬の動きや体への影響が異なってくるのかどうかという点については、ほとんどわかっていないのが現状です。そこで、ハーネスの犬への影響を調べる第一歩として、イギリスのハーパーアダムス大学、ノッティンガム・トレント大学、スコットランド・ルーラル・カレッジの研究者らは、市販されている3つのタイプのハーネスが犬の動作に及ぼす影響を評価しました。
[Image by edwin heidt from Pixabay]
ハーネスの形によって歩行に影響はあるか?
研究に参加したのはイギリスでメジャーな5犬種(イングリッシュ・コッカー・スパニエル、スプリンガー・スパニエル、ラブラドール・レトリーバー、スタッフォードシャー・ブル・テリア、フレンチ、ブルドッグ)と雑種、全66頭の家庭犬。日常的にハーネスでの散歩に慣れていることが条件とされました。
実験に使用されたのはイギリスで人気のある3種類のハーネスでした。下の写真、左から、RuffwareのY字ハーネス、真ん中はPerfect FitのY字型ハーネスで、Perfect FitはRuffwareよりもストラップが細く(20mm)、肩の部分にかからない形状です。右のハーネスはJulius K9のハーネスで、ストラップが犬の肩にかかるタイプ(胸部ストラップハーネス)のものです。
[image from Journal of Applied Animal Welfare Science. Fig1]
犬は3種類のハーネス、そして普段つけている首輪(あるいはハーネス)をつけ、動物の歩行分析システム(Tekscan Strideway;前肢と後肢の体重分配を測定)の上をリードをつけた状態で歩きました。リードは3タイプいずれも背中側にある金具で繋ぐタイプで、リードに引っ張りが生じないよう、緩んだ状態での歩行のみをデータ解析の対象としました。また4台のビデオカメラも設置して、肘からマットまでの距離、それに対する犬種別の歩幅、足を出すときの前肢と胸の角度などのデータを収集しました。
解析の結果、前肢と後肢の体重分配、歩幅、足の出し方の角度に犬種やハーネスのデザインによる一貫した影響を示すデータは得られませんでしたが、それぞれの指標において、犬種ごとに異なる有意差が見られました。
たとえば、すべての犬において体重は前肢に多くかかっていたのですが、犬種によって前肢への体重分配の割合には多少違いが見られました。ラブラドールとフレンチ・ブルドッグにおいてはハーネスの種類や首輪による変化は見られなかったものの、スプリンガー・スパニエルはRuffwareあるいはPerfect Fitのときのほうが、Julius K9に比べて前肢への体重分配が増加していました。このことは、ハーネスの形状には犬種によってフィット感に差があるため、歩行の際の肩甲骨への影響が異なってくる可能性があることを示唆します。2019年に発表された記事、「ハーネスに不快感を抱くと犬は後肢に体重を移動させる」の裏付けになる結果ではありませんでした。
歩幅に関しては、いくつかの犬種で変化が見られました。コッカー・スパニエルと雑種は、Ruffware あるいはPerfect Fit に比べてJulius K9を装着したときに歩幅が小さくなっていました。ラブラドールとスプリンガー・スパニエルは、首輪に比べてRuffware あるいはPerfect Fitを着用したときに歩幅が小さくなっていました。
このように、犬種によって体型、足の長さに対する胸部ストラップの位置が異なってくることもあり、ハーネスの影響もそれぞれに違う可能性があるため、ハーネスはそれぞれの犬に合わせて選ぶことが推奨されると研究者らは結論しています。また、今回は緩んだリードでの歩行のみを調べたため、引っ張った状態で体のどこにどのくらいの圧力がかかり、犬の歩行にどのような影響を及ぼすのかについて、さらなる調査が必要だと述べていました。
[photo by muro] そり犬用のハーネスは実験で使用されたものとはまた異なるタイプのもの。
なによりも、引っ張りのない散歩が大切
ハーネスには犬の頸部への圧力をかけないで済むという利点があります。犬の自然な歩様を損ないにくいかもしれませんが、何もつけないで歩いたり走ったりするときと完全に同じではありませんし、引っ張っても大丈夫というわけではないことに注意が必要です。引っ張りが強ければ、たとえ犬の頸部に負担がかからなくても、飼い主の散歩中の転倒事故につながる危険性は高まります。飼い主が怪我をしてしまえば、日々の散歩そのものに影響が出てくることになってしまい、元も子もありません。犬への負担軽減を考えるのであればやはり、引っ張りなく散歩できるようにすることを一番に心がけたいものです。
引っ張りは犬と飼い主の怪我などを誘発するだけでなく、飼い主の散歩へのモチベーションの低下、散歩の質の低下へとつながり、散歩することの楽しみをも損なってしまいかねません。散歩の時間が短くなり、犬が運動不足になれば、行動の変化にもつながる可能性がありますし、犬のボディランゲージを変化させることも。さらには愛着関係にも悪影響を及ぼしたり、嫌悪刺激を使用したトレーニング方法をつい使ってしまう可能性も高まるかもしれません。
この機会に、引っ張りが犬と人に及ぼす影響についてまとめている以下の記事をぜひご一読ください。
【参考文献】
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