アリーだけがパスできたノーズワーク競技会、私の考察より

文と写真:五十嵐廣幸

私が参加しているセントワーク(ノーズワーク)の競技会では、競技が終わるまでサーチレイアウトを含め競技参加者が競技内容について一切人に話してはいけないルールになっている。しかし、誰がパスしたか、パス出来なかったかということだけは分かる。それは競技リングから出てきたハンドラーのひとりひとりがパスしたら親指を立てて微笑み、ダメだったら首を横に降ったり、親指を下にして示したりして、残念な表情を見せるからだ。

今回のエクセレントレベルのエクステリアサーチ参加頭数は40頭。自分の競技の順番が来るのを待っている中「まだ誰もパスできていないみたいよ」というひそひそ声が聞こえてきたが、私はなるべく耳を傾けないようにした。その言葉が頭の中を覆ってしまうと「今回のサーチはそんなに難しいのか」と余計な先入観を持ってしまいそうだからだ。

特に、私たちはこのところ競技会でパス出来なかったことが続いていて、少し自信を失いかけていた。

エクセレントレベルのエクステリアエレメントが難しい理由は

  • 75平方メートルから最大140平方メートルという広いサーチエリア
  • 3つあるハイドのうち1つは犬が直接ハイドにアプローチできない設定であるかもしれないこと
  • オモチャと食べ物の二つのディストラクションも用いられること
  • 1つのハイドともう1つのハイドの距離が近い設定があること。(同じターゲット臭のハイドを使う場合は最短2m、違うターゲット臭のハイドの場合は最短で1.5mの距離を開ける必要がある)
  • 最高120cmというハイドの高さ

アリーは今年11歳。少しずつ足腰が弱くなってきたシニア犬にとって、高い位置のハイドを見つけるのは容易ではないことは実感している。しかしそれを克服するために、練習やレッスンでは高い場所も探すように彼女に教えてきた。

競技会場の周りをアリーと一緒に散歩しながら、スペースを見つけてはディスクで遊んだり、排泄を済ませたりして、競技に向けてスタンバイした。どのような難しい設定でも、ハンドラーである私は犬の行動を読むことだけに専念しよう。アリーを信じよう。

いざ競技エリアへ

「194番!」

ついに自分たちの順番がやってきた。競技エリアに入りハーネスからリードを外す。今回のエクステリアではオンリード、オフリードの選択が出来たので、思い切ってオフリードにすることに決めた。それはアリーにできるだけ自由に探してもらいたかったから。自信を失いかけたハンドラーがリードを持って変な影響を与えてしまうより、リードなしの方が彼女の好きに動けるだろうと考えたからだ。

もちろん、リードを使わないサーチにはリスクが伴う。今回の競技エリアはドッグクラブ施設内にあるドッグランの中。金網のフェンスで囲われたかなり広い場所にカラーコーンが置かれ、その内側部分がサーチエリアになっている。オフリードにした場合、サーチエリア外に行ってしまうと大幅なタイムロスになったり、野生動物のにおいや他の犬のおしっこのにおいを嗅ぐのに夢中になったりして十分なサーチができないまま競技終了なんてことも大いにあり得る。

スタートライン手前、私はアリーのハーネスの持ち手に軽く手をかけ、数秒経ってから「ショッピング」という私たちの探せのコマンドを出し、アリーのサーチが始まった。

アリーは目の前にあるバースデーパーティーのように飾られたテーブルにまっすぐ向かった。テーブル手前で大きく右に曲がり、サーチエリアの外側からカラーコーン数個のにおいを順番に嗅ぎながら、スタートラインの方に戻っていく。一番手前側に並べられているカラーコーンのにおいを嗅ぎながら、再びテーブルの近くに戻りヘッドターン。パイプ椅子のにおいを嗅いでアリーは私を見た。

私「アラート」
ジャッジ「正解」

アリーを褒めながらトリーツをあげた。再び、探せのコマンドを出したが、アリーは動かない。
「OKわかったよ」
もう一つ彼女の口にトリーツを入れてから「ショッピング」と合図を出した。

次に、アリーはスタートラインを背にして左側に置いてあるカラーコーンの外、つまりサーチエリア外に大きく出ていった。私は内心、あらら困ったなーと思いながらも、じっと見守った。アリーはそこでブルブルっとからだを数回振ってからサーチエリアに戻り、一番奥にある植物が植えてある場所へ。そこには地面から約70cm上のところに吊り下げられている巾着袋がった。そのにおいを取って私に振り返った。

私はハイドの場所を再確認するため、アリーに「どれ?」と聞くと、アリーは再びその巾着袋を鼻でつっついた。

私「アラート」
ジャッジ「正解」

アリーに「Yes! good girl」と褒めながらトリーツをあげて、3つ目のハイドを探すように合図を送った。その直後、時間にして7秒後にアリーは地面のにおいを嗅いで止まり、私を見上げた。私は「どこ?」とアリーに確認すると、彼女は右前足でその地面を一度掻いて、においを嗅ぎ、また私を見上げた。

私はすぐさま「アラート!フィニッシュ」と宣言。ジャッジの「正解」の声が響いた。私たちペアが初めてのパスであったこともあり、ジャッジや計時係、スチュワードの方全員が「イエーイよくやったわね。ヒロ、アリー」と喜びの声を掛けてくれた。

競技を終えると私の緊張は一気に解け、喜びが全身を包み込んだ。競技エリアを出てから、ハーネスを外してリードを首輪につけて、待機場所である駐車場までアリーと走った。そのダッシュは興奮と喜び、そしてアリー見つけてくれてありがとう!という気持ちから自然に起きたものだ。

待機エリアに戻ると私は親指を突き立て「パスしたよ」と他の競技者でもあり、ノーズワーク仲間に伝えた。

表彰式、そしてサーチを振り返る

「エクセレント、エクステリアの優勝者はアリー!タイムは1分18秒47」
これはホワイトドッグ(=競技会の前にエリアをテストするために使われる犬)のタイムである1分45秒よりもだいぶ早かったと知らされた。そして参加者で唯一パスしたペアであったことは優勝以上に嬉しかった。

この競技の様子はしっかりとGoProで撮影してあり、自宅に戻ってから動画を繰り返し見てはアリーのボディーランゲージの詳細をチェックした。
今回の食べ物のディストラクションはチーズだったそうだ。スタートラインのすぐ目の前に置いてあった。アリーの大好物だが、見向きもせずにハイドだけを確実に探してくれたことは日頃のレッスン、練習の成果が現れたと言える。


これが今回のエクセレントクラスのエクステリアのレイアウトとアリーの軌跡

最初に見つけたパイプ椅子のパイプの中のハイドを見つける際、風はスタートラインから奥に向かって吹いていた。だからアリーは一度パイプ椅子を通り過ごしたのだろう。そしてそのときにハイドからのにおいをキャッチ、ヘッドターンをしてパイプ椅子に戻ってきてアラートに繋がった。

またアリーがサーチエリア外に出て行ったことも、動画に映っている風の向きを見れば納得できた。2つ目のハイドを見つける際、風の向きは右から左に強く流れていた。だからアリーは風下に流れたハイドのにおいを取りながら、一度サーチエリアを出た。そして風上から流れてくるハイドのにおいの帯に導かれるように巾着袋にたどり着いたというわけだ。

3つ目の地面に埋まっていたハイドは2つ目に見つけたハイドから僅か1.5mほどしか離れていないものだった。

動画を見返して感じたことは、39頭のペアが3つ全てのハイドを見つけるのに苦労したとは思えないほど、アリーのサーチがとてもスムースだったということだ。彼女のノーズワークはまるでアイススケートをしているかのように滑らかなものであった。

今回の勝因をあえて挙げるなら、まずはオフリードを選んだこと。オンリードを選んでいたら、もしかしたら私はカラーコーンの外に出ていこうとしたアリーをサーチエリア内に留まらせようとしたかもしれない。そしてもう一つは、「誰もパスできていない難しいサーチ」と先入観を持たなかったことと言えるだろう。そう、誰もその競技をパスしていないからといって、自分たちペアにとって難しいサーチになるとは限らない。
ノーズワークはハンドラーのリードワーク、ポジショニング、そして感情が犬に大きな影響を与えるドッグスポーツだ。犬が見つけられるハイドすらもハンドラーの行動、気持ち次第でとても難しくさせてしまうこともある。

今回の競技会の優勝で私は自信を取り戻した。アリー本当におめでとう!そして本当にありがとう。これからもゆっくり楽しみながらノーズワークで遊びましょう!

文:五十嵐廣幸(いがらし ひろゆき)
オーストラリア在住ドッグライター。
メルボルンで「散歩をしながらのドッグトレーニング」を開催中。愛犬とSheep Herding ならぬDuck Herding(アヒル囲い)への挑戦を企んでいる。サザンオールスターズの大ファン。
ブログ;南半球 deシープドッグに育てるぞ
youtube;アリーちゃんねる