文と写真:藤田りか子
イギリス・イングランドの東北部、ノーサンバーランド。かのツイードジャケットで有名な羊毛織物ツイードの発祥地、ツイード河の近くの田舎に、先祖代々農業を営むリンズレー家の広大な農場がある。こんな大きな農家なのだから、マスチフ大の大きな番犬がいるだろうと思うかもしれないが、納屋の近くでギャンギャン鳴いてよそ者が来たのを知らせていたのは、なんと小さなテリア達だった。小麦色のボサボサ毛衣を着て、ピョコピョコと動く面々。彼らは4頭のノーフォークテリア軍団。
ノーフォークテリアの故郷は、イギリス南東部に位置するイーストアングリア地方であり、ここノーサンバーランドとは地理的に離れている。それでも彼らがいかにもテリアらしく馬小屋あたりを元気に走り回っているのをみると、やっぱりここはイギリスなんだなぁ、を実感せずにはいられない。そう、イギリスの農場はどこもかしこもテリアだらけなのだ。
4頭のテリアの名前は、バンブルビー、ビジービー、ティーキー、パピー。バンブルビーのお母さんがビジービーで、ティーキーがビジービーのなんとかで、という感じで、皆血の繋がった親戚同士だ。にもかかわらず全員仲良く意気投合しているところを見ると、人間の世界とはちょっと違う。
片耳が垂れていて、もう片方が立ち耳のノーフォークともノーウィッチともいえないビジービーによると(しかし彼女はノーフォーク)、農場生活のハイライトは、ここの農場主のクイントン・リンズレーさんについて行くことにあるそうだ。何故ならクイントンさんは、時にはトラクターに乗って農場に出かけ、時にはランドローバーに乗ってパブに行き一杯ひっかける。彼は何かと楽しい場所に行くことが多い人間だと言う。
「パブに行けばみんながわたし達を撫でてくれるし、フライドポテトのかけらの一つや二つも床に落ちてくる。農場に行けば茂みに入れるし!」
茂みで何をするのかというと、皆でネズミを探すのだそうだ。ここでクイントンさんの妻であるエッソーさんが口を挟む。
「ノーフォークテリアって、他のテリアに比べたら強気さの面ではずっと優しいの犬達なの。よその犬ともすぐ仲良くしてくれます。でも、小動物を見ると血が騒ぎますね。こんな虫も殺さぬ顔をして」
と彼女はコロコロと笑い出した。テリアの犠牲になる小動物を可哀想がっているのか、テリアの猟欲を誇って嬉しがっているのかよく分からない。いずれにしてもあんなに小さな体でテリア軍団は鷹が獲物を捕まえるほどの敏捷さ正確さで茂みから飛び出すネズミを捕まえる。捕まえるだけではない。時には食べることもある。機会が与えられればラビットの子供まで仕留めるそうだ。
ドッグショーで活躍するほど美しいノーフォークテリアのティーキーが濡れた黒い鼻と黒い瞳を小麦色のワイヤーヘアの間からピカピカと光らせながら言う。
「でも外の世界だけが私達テリアにとっての全て、というわけじゃないのよ」
家の中もやっぱり楽しい。暖炉の側は暖かいし、お茶を飲みにお客さんも訪ねてくる。その人達の足元にまとわりついて、食べているケーキをくれくれとせがんで困らすのもちょっと楽しい。それになんといっても家族にベタベタと甘えることもできる。バンブルビーがエッソーさんの膝に狙いをさだめエイっとジャンプしてのっかる。猫のようにそこで丸くなりすっかりくつろいだ。膝の上にいなければ台所の薪ストーブのそばに陣取り、時には仰向けになって寝る。誰が側を通っても構わない。通りたければその上を跨いでくれるのも結構。起さないでくれればいい。
「これがテリア生活。農場の生活は変化があってとても楽しいわよ」
とビジービーが言う。前年に比べ昨年の秋は天気のいい日々が続き、農場での収穫がすばらしかった。それでエッソーさんもクイントンさんもとてもハッピーで、わたし達にとってもネズミがたくさん獲れたとてもハッピーな年であったという。その年のイギリスの農場にバンブルビーやビジービーと同じことを言う幸せなテリアが何千頭、いや何万頭といるのだろうと思った。
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