文:尾形聡子
[photo by Pixel-Shot]
私たちの言葉は犬にどのくらい通じているものなのでしょう?
動物との対話について考えを巡らせるときに必ず思い出すのが、ヨウム(アフリカ原産の大型インコ)のアレックスのことです。ハーバード大学の研究者は人と動物が言葉を使って交流できるか否か、アレックスと共に30年にもわたり研究を続けました。私たちの身近にいるセキセイインコをはじめ、インコやオウムは人の話す言葉を真似することができます。オウム返しという言葉はまさにこのことに由来しています。また、鳥類全般に言えることですが、オスは求愛行動のひとつとしてさえずりを使うため、メスよりも言葉を真似しておしゃべりしたりさえずったりするのが得意です。それにしても、鳥は人のような唇を持たないのに、その発音の正確性たるや驚くばかり。人の言葉を真似して発声する能力においては鳥類の右に出る動物はこの先出てくることはないのではないかと思います。
人類史上最古の家畜である犬をもってしても残念ながら人の言葉を発声することはできませんが、しゃべれずとも犬は人の短い単語を理解し、反応することができます。名前を呼べば自分のことだと認識し、散歩に行くよと言えばいそいそと起き上がり、オスワリと言えばその場にサッと座ったり。犬がどれほどの数の単語を覚えることができるかは、おもちゃの名前を1000以上覚えた天才犬、ボーダー・コリーのChaserが有名ですが、Chaserのような天才犬でなくても犬は人の発する言葉から情報を得ようと、いくつもの単語を覚えているものです。
犬は単語が示す物体や動作などを覚えられるだけでなく、わずかな言葉の違いを認識していることもわかっています。同じような言葉の母音の微妙な違いを区別できる能力を持つことが研究によって示されたのは、哺乳類においては人以外で犬が初めてのことです。ただし犬は単語の意味を覚えることができても、その単語が使われている会話全体を理解できているわけではありません。
さらに犬は知っている物体をさす言葉を聞くと、それを頭の中にイメージする能力がある可能性がこれまでの研究から示されています。そのような、過去に知覚した外界の事象の記憶を時間や場所に関係なくイメージとして思い浮かべることを、心理学の分野では「心的表象(mental representation)」と呼びます。
ですが、上記の研究では心的表象の存在の可能性を示したのは単語の学習能力の高い数頭の犬に限られていました。そこで、その研究を行ったハンガリーのエトベシュ大学の研究者らは、犬の脳波を測定することで、物体に対する犬の心的表象の存在を明らかにしようとします。
[photo by Atlas]
犬の単語理解を脳波測定により証明
研究に参加したのは18頭の犬とその飼い主。犬に馴染みのある5つのおもちゃを使って、犬に物体の名前を伝え、その後に物体を見せる、というものでした。たとえば、飼い主が「ボール」と言った後にボールを見せる、あるいは、「ボール」と言った後にロープを見せる、などして、単語と、単語が指すものとが一致している場合と一致していない場合の両方の状況をつくり、その間の脳の活動を調べました。
以下のリンク先にある動画はこの研究の簡単な紹介です(英語)。途中で実験の様子が流れているので、ぜひご覧になってください(54秒あたりから)。
実験の結果、犬は知っている単語と、その単語を聞いた後に見せられた物体とが一致していたときと、していなかったときとでは、脳波に異なるパターンが生じていることがわかりました。これは人を対象として同様の研究を行ったときにも脳波パターンが異なるのと似ており、人が言葉を理解している証拠として認識されていることです。
さらに、犬がよりよく知っている単語を聞いた場合には、一致・不一致のときの脳波により大きな差が見られました。一方で、以前の研究も受け、研究者らは単語学習能力の高さが脳波の違いに影響すると考えていましたが、今回の結果では、知っている単語の数の多さは脳波の変化とは関係していないことが示されました。
つまり、犬は物体の名前を聞いたときにそれを心に思い浮かべるため、それとは違うものが出てきたときには脳波が変化し、それには単語学習能力の高さは関係なかったということです。どのような犬にも単語を理解する能力があり、心的表象を形成していることを示唆する結果だったと研究者らは述べています。そして、人以外の動物種において対象物への理解を神経活動により示した初の研究となりました。それについて研究者らは、これが犬に特有なのか、あるいはほかの哺乳類にもあるのかを調べてみたいと考えているそうです。
[Image by Gentle Dog Trainers fromPixabay]
人が人とコミュニケーションをとる際に使う言葉と、犬に対して使う言葉とは異なります。ですが、犬にとっての単語は単なる音ではなく、私たちと同じような感覚で捉えることができていることが今回の研究からわかったのはとても興味深いです。
それを前提に考えると、藤田りか子さんが以下の記事で書いていたように、それぞれの言葉に意味を持たせて使うということが、犬にとって刺激的な楽しみに繋がっていくだろうことも頷けるのではないかなと思います。
犬とコミュニケーションをとる手段のひとつとして、言葉を意識して使ってみると、愛犬との関係性の中に新たな境地がひらけてくるかもしれませんね。
【参考文献】
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