ラブを太りやすくさせる遺伝子変異、強い空腹感と消費カロリー低下の二重苦を引き起こす

文:尾形聡子


[photo by Kate]

太りすぎなのが体にとってよくないことは、誰もが知る事実。肥満は健康に悪影響を及ぼすだけでなく、犬の寿命を短くするおそれもあることが示されています。

世界的に肥満の犬が増加している昨今、中でも頭抜けて食いしん坊な犬の代表格といえば、ラブラドール・レトリーバー。ラブの旺盛な食欲は犬世界では有名ですが、同じレトリーバーでも違いがあります。藤田さんの愛犬ラッコ(カーリーコーテッド)とアシカ(ラブラドール)の食べる姿を比べた映像を見れば一目瞭然です。

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ラブの食い意地の強さ、さらには太っている個体の多さには何らかの遺伝的な原因があるのではないかと考えたイギリスのケンブリッジ大学の研究者らが、その原因と考えられるPOMC(プロオピオメラノコルチン)遺伝子の変異を発見したのが2016年。視床下部の神経細胞から産生されるPOMCは摂食制御にかかわる働きを持つβ-MSHとβ-エンドルフィン(いずれも食欲のスイッチを切る役目)の前駆体となるのですが、POMCが変異しているとβ-MSHとβ-エンドルフィンがまったく作られなくなってしまうため、常に食欲がある状態になってしまいます(2016年に発表された研究の詳細は以下の記事をご覧ください)。

ラブを太りやすくさせる遺伝子変異が明らかに
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しかし、肥満の原因は摂取する食物の多さだけではありません。代謝率(エネルギー消費量が多いか少ないか)も関わってきます。言わずもがなですが、同じエネルギー量の食べ物を摂取しても、基礎代謝量が少なければ太りやすく、多ければ太りにくくなるということになります。ケンブリッジ大学の同研究チームはPOMC遺伝子変異は犬の代謝率とどのような関係にあるのかを調べるため、新たに実験を行いました。

食べ物への欲求への影響

まず研究者らは、POMC遺伝子変異の犬の食欲への影響をはかる実験「アクセス不可能な食べ物への行動テスト」を行いました。参加したのはPOMC遺伝子変異のない18頭とPOMC遺伝子変異を持つ18頭の家庭犬のラブでした。いずれの個体も投薬治療などを行なっておらず健康で、体重は標準または肥満ではないがやや太り気味の成犬(ボディコンディションスコアによる)でした。遺伝子変異を持っている群と変異のない対照群とで体重や年齢などが同じようになるよう選ばれています。

実験では、犬が標準量の朝食を食べた3時間後、大学の実験室にて、穴の空いた蓋つきの箱に入ったソーセージが与えられました。犬はソーセージを見たりにおいを嗅いだりすることはできますが蓋を開けることはできず、ソーセージにはありつけません。犬の食欲が強ければしぶとく箱からソーセージを取り出そうとすると考えられます。ソーセージ入りの箱を与えて5分間の犬の行動を録画し、解析を行いました。実験の様子は以下の動画にて紹介されています。

この実験の結果、POMC遺伝子変異を持つ犬は、持たない犬と比べて箱からソーセージを取り出そうと必死に格闘する時間が有意に長く、箱を無視して休憩をしたり部屋の中を探索したりする時間が短くなっていました。POMC遺伝子変異を持つ犬の方が食間に強い空腹感を抱いていることを示していると研究者らは述べています。

食べる量への影響

食べ物の摂取量テストに参加したのはPOMC遺伝子変異のない14頭とPOMC遺伝子変異を持つ10頭のラブ。実験は、犬が食べるだけ与え続けるというもので、朝の8時30分にスタート。犬はいつもご飯を食べる場所でいつものボウルを使い、最初にフード缶2缶(840g)が与えられ、その後、テストが終わるまで20分ごとに1缶(420g)ずつ追加されました。飼い主や実験者は犬にご飯を食べるよう促すようなことはせず、次の条件に達したときにテスト終了となりました。1)犬が20分間食べ切らずに放置した場合、2)倫理承認で設定された最大量2940gに達した場合、3)犬が嘔吐した場合、4)犬が食べたい様子を見せていても、飼い主が最大量の手前(2520g)で中断を要求した場合。

最終的に犬が食べた総量を計測した結果、全体の平均は1.9kg(ラブの1日に必要なエネルギー量の2倍ほど)でした。遺伝子変異ありグループの平均は2.1kg、変異なしは平均1.8kgでしたが、統計的な有意差はありませんでした。嘔吐した犬は変異なしのグループの方で有意に多くなっていました。

これらのことより研究者らは、POMC遺伝子がどちらのタイプであれ一度に食べられる量は非常に多いが、変異型を持つからといって満腹感が薄れている(なかなか満腹にならずにより大量に食べる)わけではなかったため、遺伝子変異は満腹感には影響していないことを示していると言っています。ただし、遺伝子変異が大量の食事への耐性を高めている可能性はあり(嘔吐した犬の頭数の差)、嘔吐しないで済むがために最終的なエネルギー摂取量が増えていることも考えられるとしています。


[photo by Ilona Didkovska]

食べ物の好みへの影響

POMC遺伝子変異が何かを食べたときに感じる快楽(美味しさによる快感)を変化させているかどうかを調べるために、犬に市販の缶フード2種類と、缶フードにライムジュース(犬が嫌悪的反応を引き起こす)で少し味付けをした3種類のフードをランダムに少量与える実験が行われました。参加したのはPOMC遺伝子変異のない13頭とPOMC遺伝子変異を持つ11頭のラブ。

その結果、ライムジュースで味付けしたフードに対して、すべての犬は頻繁に食べるのを躊躇し、一口の量を減らし、食べるのに長い時間がかかっていました。POMC遺伝子変異のある犬の方がない犬よりも早く食べ終えていたものの、フードに対する行動はほぼ同じでした。つまり、遺伝子の変異が食べ物の美味しさへの反応を変化させていないことが示されたということです。

エネルギー消費量への影響

犬は呼吸測定に慣れるために、自宅に仮設置された測定室にてリラックスできるように1週間の期間が設けられました。この実験においてはラブではなく、フラットコーテッド・レトリーバーが対象となりました(変異型10頭、変異型なし9頭)。

1週間の慣れの期間の後、実験室にて安静時に犬が吐き出すガスから代謝率を計測した結果、POMC遺伝子変異のある犬はない犬と比べて安静時のエネルギー消費量が約25%低いことが示されました。POMC遺伝子変異によってβ-MSHがまったく作られなくなることが、エネルギー消費量の減少を引き起こしていることを強く示唆する結果だと考察しています。そして、犬が太りやすくなることは、この代謝量の減少と、POMC遺伝子変異による空腹感による食べ物へ欲求の強さとがあいまって生ずると説明できると研究者らは言っています。


[Image by karisjo from Pixabay]

今回の研究から、POMC遺伝子に変異があることで空腹を強く感じ、かつ、基礎代謝量が低下するという、ダイエットするのに非常に困難な状況に置かれているかもしれないラブやフラットがいることが示されました。人においてもこの遺伝子は遺伝性肥満を発症する原因遺伝子のひとつで、変異を持つ場合には強い飢餓感を感じ、早期に肥満になることがわかっています。

日々の強い空腹感にくわえて代謝の低さを抱えるラブやフラットはもれなく遺伝的に「太りやすい体質」だということですから、肥満にならないような食事の管理がとても重要になってきます。それだけでなく、筋肉をしっかりつけて基礎代謝を上げたり、毎日の運動によるエネルギー消費も意識して、肥満対策をしていくことが大切です。

ラブやフラットに限らず、どんな犬でも肥満は健康を損なうリスクを大幅に上げてしまいます。犬が美味しそうに食べる姿は見ていて幸せなものですが、そこは、愛犬の健康を願う飼い主としての堪えどころ。すでにぽっちゃりな愛犬と暮らしているのであれば、一緒にダイエットに挑戦してみるなど、楽しめる方向へモチベーションを持っていけるといいかもしれませんね。

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【参考文献】

Low resting metabolic rate and increased hunger due to β-MSH and β-endorphin deletion in a canine model. Science Advances. 10(10):eadj3823. 2024

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