文と写真:藤田りか子
[Photo by Xena*best friend* (Vera)]
トリュフを探す犬を取材するためにイタリアのロマーニャ地方を訪れた。前回からの続きだ。
トリュフ狩りという文化にぴったりのラゴット
森で出会ったトリュフ狩りの人たちは、必ずしもラゴットを連れているわけではなかった。ある人は、ポインターやスパニエル、ある人はボーダー・コリー、そしてラゴットのミックスなど、犬のタイプは様々だ。狩猟犬を使うと確かにサーチのスピードアップは期待できる。が、
「ラゴットを使う利点は、途中で他の野生動物のにおいにつられて、それを探しに出たりしないところ。完全に野生動物のにおいを無視してくれるのです。それにひきかえ狩猟犬だと、うっかり鹿のにおいに出くわしたりすると、もうキノコどころではなくなることもあるから」
と笑いながらモニカさん。
「ボーダー・コリーも、それは熱心に探してくれるでしょう。覚えもいいし。でも、私たちはトリュフ探し競争をしているわけではない。トリュフ狩りは、いわば私たちの文化です。もっとのんびりとしたものであって欲しい。ラゴットの遅すぎないそして速すぎない、ちょうどいいテンポがとても心地いいんです。そして、わかるでしょう?この子たちの遊び好きなムード。こんな調子で森にいっしょに出かけたら、すごく幸せな気分になると思いません?」
森で数人のトリュフ狩りをする人に出会った。誰もが犬を連れていた。ただし必ずしもラゴットというわけではなく、中型サイズのさまざまな犬が活躍していた。
ラゴット・ロマニョーロは、もともとプードルと同様水鳥犬であった。それは彼らの巻き毛をみれば明らかである。ラゴットとは、ラグーン、つまり湿地から派生した言葉であり、昔はラゴットといえば、水鳥犬そのものをさしていたのだ。しかし1800年代、農地を拡張させるために湿地の埋め立てが始まった。すると水鳥猟はすっかりすたれた。かわりに、トリュフの経済的価値が人々に認められると同時に、この土地に実はたくさんのトリュフが取れるということに人々は気が付いた。そこで、かつて水場で働いていた鼻のよく効く犬は、森のトリュフ犬に仕立てられたのだ。その後、トリュフを探す犬として繁殖が続けられ、ロマーニャ地方からトスカーナにかけた地域限定の特別な犬ができあがった。
ラゴットらしさを保存するためのワーキングテスト
イタリアのケネルクラブ、その傘下にあるラゴット・ロマニョーロクラブは、ラゴットのトリュフ犬としての特性を残すために、トリュフ犬ワーキングテストを開催している。いまや、ラゴットはオランダ、スイス、北欧諸国では人気の家庭犬およびショードッグだ。この人気のために、本来の内なる機能を失ってしまう可能性は大。それではもはやラゴットではなくなってしまうという、原産国の誇りにかけた危惧がその背景にある。
ワーキングテストは誰が一番早く、たくさんトリュフを見つけるかという競技会ではない。どの犬が、次のトリュフ犬の次世代を残すのにふさわしい犬なのか、適正と能力を審査するテストだ。つまり子犬を繁殖させたいのなら、このテストで認められた親犬を使うべし、ということ。
ワーキングテストでは、犬はこう振舞うべき、という標準を定めている。すなわち、みかけのスタンダードが存在するように、ラゴットには、ワーキング・スタンダードなるものも存在する。たとえばサーチの仕方。8の字を描きながらくまなく探すのがよし、としている。探してないエリアを駆け足で通り過ぎない、ハンドラーの前でサーチを行う、などその基準はまるで狩猟犬のテストを思い起こさせる。
さらには土の掘り方についても基準がある。土掘りはハンドラーと協調しながら行う仕事だ。ハンドラーはときに犬に「掘るのをやめろ」と途中でストップさせる必要もある。人間がシャベルで掘り返してみて、トリュフがどこにあるか確認しなければならないからだ。その「土掘りやめろ」のコマンドを無視して掘り続ける犬は、当然高い評価はもらえない。仕事中の態度にも審査基準が設けられている。楽しそうに元気に働くこと、そしてトリュフのにおいを感じたら、尻尾を元気よく振ること!振られた尾を見れば、犬が探知したかどうか、人間が簡単に判断できるからだ。
犬たちはトリュフのにおいを感じると、土を掘り出す。
これらのテスト基準でブリーディングを受けた犬なら、モニカさんの言う「トリュフ狩りに連れて行くのに、とても心地よく楽しい相棒」となるはずである。歴史に培われたラゴットの行動や性格、探知作業能力が愛好家によってこうして守られている。
遊びごとではないトリュフ狩り
モニカさんは、私の理解に念をおすように、もう一度我々が入ってきた森の説明をしてくれた。
「今日はあくまでも、この若犬たちのための練習です。そしてね、この森は私たちも使ってもいいことになっているの。だから安全よ、大丈夫」
…なるほど。イタリアにおけるトリュフ探しは、どうやら野山で単に季節のキノコや山菜を摘みにいくような、そんな簡単な感覚で行うものではなさそうだ。もっともトリュフ狩りに森に入るのに、公式な「許可」が発行されるわけではない。が、地元の人々とのコネがないと入れない、というのが慣わしらしい。友人の友人が紹介してくれるとか、そんなコネがないと、受け入れてくれない。
「この秋、トリュフが豊富なある別の森で犬が殺されたの。ストリキニーネ(毒)が入った肉が仕掛けられていてね。その森でトリュフ探しを仕切っているある一連の人々の仕業なのよ。よそ者には絶対に取らせない。いったんお金が関わると、この調子。醜いでしょう?」
トリュフ探しに犬が犠牲となった。殺しにいたるまで事がシリアスになるのは、たとえばホワイト・トリュフにかけては、1kgが4000ユーロ(約65万円)で取引される「森のダイヤモンド」であるからだ。こうなるとトリュフ狩りとは、単なる「ワンちゃんとのアウトドア」といった遊びごとではない。シリアスなビジネスである。
ホワイト・トリュフ [Photo by fotosr52]
BBCが2020年に制作した “Truffel Hunters“(筆者邦訳:トリュフ狩りをする人々)というイタリア・ピエモンテ地方でトリュフ狩りをする人々についてのドキュメンタリーを最近見た。そこでも同じような状況が語られていた。「ストリキニーネは猛毒で、舌で舐めただけで死んでしまうんだ」とトリュフ狩りの犬に口輪をつけるよう、勧めていたシーンがあったのだ。
こんな小さなトリュフも土塊の中から!
マルコさんが、ほらと手のひらに白い豆状のものをのせてくれた。ジャコバッチが掘り返したところにやっと見つけた森の宝石、ことホワイト・トリュフである。案の定、今朝もう取られてしまった後ということで、小さな粒だけが残されていた。それにしても、こんなちいさなサイズでも見つけてしまうのだからすごい。ジャコバッチとマルコさんのチームワークの賜物だ。
手のひらをそっと鼻にあてて、初めて生トリュフなるものをにおってみた。が、いかんせん。トリュフのにおいに慣れていないせいなのか、あるいは小さすぎるのか、はたまた鼻が悪いのか、私にはまるでにおいがわからなかった。しかしいつか、イタリアのレストランでトリュフの料理をいただき、そのにおいを堪能することができたら、きっと、この巻き毛の犬とロマーニャの人々、そして広葉樹の森を思い出すことだろう。
ほら、これしかもう残ってなかったよ、とマルコさんと犬達が見つけたホワイト・トリュフ。しかしあの土塊の中からよくぞこんな小さなトリュフを見つけるものだ!!
【関連記事】