アメリカ、ニューメキシコ  新天地にかけた人々と西部の犬文化 その2

文と写真:藤田りか子

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マール系の犬が多し!

前回からの続きである。ここまで聞くとまるでカウボーイが犬にとって、虐待的な存在と思われるかもしれない。が、それはとんでもない。彼らはアメリカの犬文化に大きな役目を果たしていたことを、犬の歴史の一つとしてここに是非記しておきたいと思うのだ。カウボーイとくれば牛であり、牛とくれば羊の専門家ボーダー・コリーではなく、キャトルドッグがメインとなる。

確かに家庭犬としての犬に対しては、動物のウェルフェアが今一つであるカウボーイ文化だが、作業犬となると、確固とした信念を持っているようだ。オーストラリア産のブルーヒーラーがよく使われている。それで自然と西部にいる飼い犬たちは、マール模様のコートを持つ個体が多い。マールというのは、ダックスフンドのダップル柄にあたるもので、大理石模様のコート柄を指す。ブルーヒーラーは、そのマール柄を持つ。

ちなみにブルーマール柄が多いオーストラリアン・シェパードも、この文化の中で生まれた犬種の一例だ。名前が示唆するにもかかわらず、実はオーストラリアではなくアメリカの牧場犬であったという事実は、西部に来てみるとすんなりと理解できる。入植時、オーストラリア系の犬が尊ばれ、徐々にそれらがアメリカの牧場犬になった。だから、オーストラリアンなどという名前が与えられた、と容易に察せられるのだ。

さて、牧場で見られる犬のすべてが働いているというわけではなく、またすべてが純血種というわけでもない。いくつかは、ボーダー・コリーやオーストラリアン・シェパードの血がランダムにミックスされているようで、いわば雑種が多い。それでも、実用的な意味でそれなりにカウドッグ(牧牛犬)として改良は進められている。そして地元の人はこれらカウドッグすべてを指して雑種も純血も関係なく「ヒーラー」と呼ぶのみだ。ヒーラーとは牛を後ろから追いこむタイプのハーディング犬のこと。そのさいに牛のかかとを噛んで、牛を追い立てる。踵を英語ではヒールという。だからヒーラーと呼ばれる。そして、ヒーラーのような強硬な手段に訴えなければ、牛はずうずうしいので少々のことでは動いてはくれない。

素晴らしく訓練されたクォーター・ホースに乗ったカウボーイが、土ぼこりのなか、牛の群れのうしろをパカパカと行進し、日課としてコマンドなしで働けるヒーラーたちが、牛をランチに追い込んでゆく…。そんなシーンを思い浮かべてみた。

「ああ、是非みてみたいな。写真を撮りたいな」

といったら、友人のヴィクトリアーさんは一言。

「いやよ、私は、カウボーイたちとは口をききたくないの。写真を撮りたければ、自分で交渉してね」

自分の芸術を表現するために

犬との自然な暮らしを求めて西部開拓を行ったもうひとつの例を紹介しよう。

ベス・マゲンザーさんも、もとからニューメキシコに住んでいたわけではなかった。

アメリカ東海岸ニューイングランドの出身。都会っ子。ニューヨークの大学で芸術を学び学位をとった。そしてクレイ・アーティスト(陶磁器芸術家)としてよりみがきをかけるために、ここワイルドウェスト(西部の荒野という意味)に20年ほど前に移り住んだ。

ベスさんの1ha ほどの自宅の敷地には馬、犬、猫、ガチョウ、そして魚までと、動物たちが平和に同居している。いずれの動物ももともと孤児であり、彼女が引き取った。ミックス犬のバクスターは、ベスさんの一番の友人であり、頼もしい番犬。馬の番もしてくれる。プードルのミミは、持ち前の賢さでベスさんを楽しませてくれる。彼女にはプードル特有のスタイルであるポンポンがなかった。エアーデール・テリア風にトリミングされている。

「愛する犬と暮らしたい。それを私の芸術の中で表現したい。ニューメキシコならそれが可能です」


マイホームのあちこちにベスさんの作品が。

都会のせまいアパートを売り払って、こんな広い土地にやってきた。ベスさんの気持ちはよくわかる。それにここは、スペイン系の植民者やネイティブのインディアン、そしてメキシコの文化が強く影響していた。かつ、カウボーイや農民などアングロサクソン(白人)の西部開拓文化がある。そして手付かずの大自然。こんなに文化の多様性に満ちた州もない。

「この州の持つ独特の自然観や動物観というのを空気を通して感じてみたかった。それを作品に統合したかったのです」

彼女の陶磁器の作品は動物がモチーフとなったものに溢れている。ベスさんのような、アメリカン・ネイティブ・アートとモダン・アートを統合させたアーティストは南西部の州では多い。州の北西部にあるサンタ・フェも、ネイティブ系とメキシカン系のアートが繁栄している都市として有名だ。

彼女のマイホームのあちこちは犬のオブジェで飾られ、作品にあふれている。壁、階段、台所などところ構わず、オブジェが並ぶ。その中になんとか「本物」の犬達が同居しているのが面白い。

「小さい頃、いろいろ想像したりするのが好きでした。飼っている犬に連れて行ってもらって空を飛ぶこと、とかね」

観葉植物のブッシュの後ろに飾られた皿のひとつをさして、ベスさんは語ってくれた。その皿には犬の尾につかまりひとりの女の子が空にむかって羽ばたこうとしている絵が描かれている。アメリカ西部のインディアン・ネイティブ・アートを自分なりにアレンジした絵であった。インディアンの絵では、犬のかわりにカラスが描かれているものだ。おそらく、東海岸の都会っ子生活から、このワイルドウェストに向かっての新しい生活を目指した子どもの頃の彼女の肖像画なのだろう。