断耳禁止国イギリスで増える断耳された犬たち

文:尾形聡子


断耳されているアメリカン・スタッフォードシャー・テリア。 [photo by Sabīne Jaunzeme on Unsplash]

近年、犬の福祉を守るためにヨーロッパの国々を中心として断耳が法律で禁止されるようになりました。先日の藤田りか子さん「西欧諸国における犬に関するウェルフェア規制を比較」によれば、調査対象となった欧州の8カ国(イギリス、イタリア、オーストリア、オランダ、デンマーク、ドイツ、ノルウェー、スウェーデン)、アメリカ、オーストラリア・ニューサウスウェールズ州、ニュージーランドの中で、断耳が禁じられていないのは唯一アメリカだけでした。そして、ここ日本にも断耳の規制はありません。

西欧諸国における犬に関するウェルフェア規制を比較
文と写真:藤田りか子 断尾が禁止されていても、ワイマラナーといった狩猟犬(その中でもガンドッグ)の断尾は許可している国もヨーロッパにはある。 スウェ…【続きを読む】

日本を考えるとき、アジア諸国を一括りにしてすべてを語れないのと同様に、ヨーロッパでも国によってアニマル・ウェルフェアのへの意識や法律の違いがあるのは上記の藤田さんの記事にある通りです。とはいえ地域によって文化や歴史も違うため、社会的な傾向や風潮というものは存在しています。そう考えるとやはり、アジア圏よりもヨーロッパ圏の方が動物に対する福祉の意識が強い状況にあると言えるでしょう。

動物福祉の進んでいるヨーロッパにおいて現在、欧州評議会に加盟する46カ国のうち24カ国がペットの動物の保護に関する条約に基づいて断耳を禁止しています。その中でイギリスは2006年より医学的な必要性がない限り美容目的での断耳を禁止していますが、そもそもイギリスには、1895年からナショナル・トラスト運動(市民が自分たちのお金で身近な自然や歴史的な環境を買い取って守るなどして、次の世代に残すという運動)が始まってから、断耳は社会的に容認されてこなかったという歴史があります。

ちなみに断耳が禁止されていないアメリカは、断耳や断尾に断固反対するアメリカ獣医師会の働きかけがあるにもかかわらず、アメリカンケネルクラブでは断耳や断尾は「犬種の特徴を定義し保存し、健康を増進し、怪我を防ぐために不可欠な許容される行為」として2008年に表明を発表しています。

なぜ断耳が行われるのか、なぜ断耳が福祉に反するのか

カナダの研究者により2016年に発表された、犬や猫における医療的な必要性のない外科的処置についての総説によると、歴史的に断耳は闘犬や狩猟の際の耳の怪我を予防するために行われ、特に狩猟犬においては垂れ耳の断裂を防ぐために必要だとして始まったとされています。

断耳は麻酔下で耳介を最大で半分まで切除し、その後テープなどで固定をして形を整えます。外科的な処置を行うため麻酔の合併症や感染症、耳がうまく立たなかったなどの問題が発生する可能性があり、さらなる手術や処置が必要とされる場合もあります。研究は行われていないものの、断耳による急性的な痛みや慢性的な痛みがある可能性や、耳の形が不可逆的に変わることでその後の犬同士のコミュニケションに影響があるのではないかと指摘されています。

美容目的での断耳は、このように、犬の福祉に影響を及ぼす可能性を孕んでいるだけでなく、重要なことに、断耳が禁じられていないアメリカの獣医学部では、現在断耳を教えるカリキュラムが無いそうです。もし若い世代の獣医師が断耳を行うとするならば、独学でその方法を習得する必要があります。一方で、断耳の経験抱負な獣医師は今後引退していく流れになるでしょう。そうなると、獣医の資格を持たないものが断耳の処置を行うようになるとも限らないと研究者らは言っています。逆に、現状で断耳が禁止されていないのであれば、むしろ重大な合併症や福祉の問題を避けるために、獣医師が断耳をするのは正当だと主張する獣医師もいるそうです。


[Image by Patrick from Pixabay] 断耳しているドーベルマン。

なぜ増える?イギリスでの断耳犬

前述したように、断耳反対の運動の発端の地であり、断耳が違法とされるイギリスでは、近年、断耳された犬が増加しているそうです。英国王立動物虐待防止協会(RSPCA)からは、2015年から2022年の間に一般市民からの緊急ホットラインへの報告件数が279件にものぼり、それまでと比べて目撃情報が621%も増加したとの報告があります。さらに、一般の動物病院でも増加が報告されており、緊急時以外は耳を手術した動物の治療を拒否するところも出てきているそうです。

断耳の犬の輸入規制がなく、有名人の犬がSNSなどのメディアに露出していることがイギリスでの断耳犬増加に拍車をかけているとまことしやかに囁かれている状況の中、イギリスのリバプール大学の研究者らはイギリスの断耳犬の実態を把握するべく、調査を行いました。

研究者らは、約500の動物病院の2015年から2022年の間の医療データ(SAVSNET:Small Animal Veterinary Surveillance Network)から断耳犬の特定をしたところ、132頭(オス70頭、メス62頭)いるのを明らかにしました。そして頭数の多さは2021年にピークを見せていました。

[image from Vet Record fig2] SAVSNETに記録された100,000 頭の犬の診察ごとに特定された耳のトリミングのケース。急激に増加しているのが見て取れる。

132頭のうち84頭(63.6%)で輸入された証拠が確認され、ルーマニアからがもっとも多く23頭、ついでハンガリー、ブルガリア、セルビア、スペイン、ポーランド、アイルランドなど、多くは断耳が違法とされている国からのものでした。イギリス国内での断耳は2例確認されました。輸入はわかったものの輸出国が分からなかったのが21頭、断耳されているものの出自についての情報が記録されていなかったのが46頭となっていました。

断耳された犬種としてもっとも多かったのはアメリカン・ブルドッグ39頭で、ドーベルマン27、イタリアン・マスティフ(カネコルソ)17、ブルドッグ11、マスティフ5となっていました。また、断耳していない犬と比較して断耳している犬は統計的に有意に不妊化手術をしていないことも示されました。

この研究は限られた医療情報をもとに調査したものであるため、実際よりも少なく見積もられている可能性があるとし、これらの結果は、断耳の福祉や法的な影響について飼い主と獣医師への教育が必要とされることを示唆するものだと研究者らは結論しています。


[Image by Anil sharma from Pixabay] 断耳していないドーベルマン。

日本では立ち耳の犬がお馴染みではあるけれど

研究者の結論は非常に重要だと感じました。犬の断耳に凍傷や怪我などの医学的な理由がまったく含まれていないのであれば、それは少なくとも短期的に犬に苦痛を与え、合併症を引き起こしたりコニュニケーションを阻害したりするなど、長期的な問題を引き起こしてしまう可能性があることを飼い主として知っておかねばならないと思います。

飼い主の中には、断耳の歴史や断耳の手術、法律的な意味合い(日本では規制されていませんが)を知らずに、犬への断耳を選択する人もいるかもしれません。もっと言えば、断耳された犬の姿しか知らなければ、断耳した耳がその犬の遺伝形質であると普通に考え、何も疑問を持たないこともあり得ます。それは尻尾についても同様です。ただし尻尾に関しては、生まれつきのボブテールの個体もいるため、断耳とは少々異なる側面があります。

また、これらの犬の輸出国が突き止められなかったことにはマイクロチップの問題もあると思います。日本でもマイクロチップの規制が導入されましたが、日本の場合はこのようなことよりも、飼い主責任の促進や天災時の迷い犬対応などの方が主目的となっているように感じます。ですが、それでも、個体の情報をデータとして保存しておくことは何かが起きたときに重要だと改めて感じた次第です。

柴犬をはじめ、日本の天然記念物にもなっている6犬種はすべて立ち耳であり、日本犬の血が入っている雑種犬たちも多くは立ち耳です。立ち耳に馴染みがあるとはいえ、断耳した状態が「ありのままの姿」と捉えるのは早急で、法規制がない日本でも、見た目のためだけに断耳される犬がいるという状況があることを知っておくべきだと思うのです。

【参考文献】

Dogs with cropped ears in the UK: A population-based study using electronic health records. Vet Record.  16;e2483. 2023

A review of medically unnecessary surgeries in dogs and cats. Journal of the American Veterinary Medical Association. 15;248(2):162-71. 2016

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