馬を蹴散らす犬 〜 ピレネー山脈を馬に乗って犬探訪 その1

文と写真:藤田りか子

スペインとフランスの国境を走るピレネー山脈。有名なバスクの村は山脈の西側、フランスにある。東側、すなわちスペインのカタルニア地方へトレッキングに出かけた。ピレネー山脈にはトレイルがあちこちにある。トレイル目印はきちんとつけられているからわかり易いし、名所が盛りだくさんの名物ルートもいくつか存在する。

とはいえ、自分の足で歩いたわけではない。馬に乗っての山脈越え。重いバックパックを背負う必要もなく中年の私にはぴったり。それでも険しい岩だらけの崖を降りたり登ったりする場合は、馬に乗ったままでは危ない。背から降りて馬を引く。太陽がジリジリ照りつけるときもあれば、山岳だから夕立と思いきや雷付のひょうに見舞われることもある。当たると痛い。なので、やはり体力勝負だ。

ピレネー山脈のホース・トレッキングには犬連れで参加している人もいる。たいてい大都市バルセロナなどからやってきていて、週末山岳乗馬を愛犬と楽しむ。犬は馬に乗っている飼い主の後をついていく。一日800mの標高を上り下りすることもあるが、犬はへっちゃらだ。私もスウェーデンから我が犬を連れてきたいところだ。が、車でスペインに行くというのはちょっと長旅になりすぎる。だから犬連れの人を指をくわえてうらやましがっているのみ。

しかし、馬の背からピレネーの山岳犬文化を観察する、という楽しみ方もある。何しろ、まずホース・トレッキングのガイドであるマテウさんが、ツアーに犬を連れている。なぜガイドを勤める身なのに、愛犬を伴うのかと思えば…。

夏の間、ピレネー山脈では馬や牛が自由放牧される。冬は村に戻るのだが、この家畜移動をトランスヒューマンといい、中央ヨーロッパ各地に古くからある家畜文化である。ちなみにこの文化の中で多くのローカル犬種も生まれた。ピレネーを故郷とする白い大型犬、グレート・ピレニーズはその一種であり、放牧されている家畜を泥棒、野生の捕食動物、そして野犬から守る。

乗馬トレッキングでは、山間で自由放牧されている家畜の群れのど真ん中を突っ切らなければならないことが、間々ある。これが結構怖い。なぜなら、雄牛などは、疑わしそうにこちらをジロリとにらみつけるからだ。

「どうしよう、あの角でもって突進されたら」

そして馬の群れを守るスタリオン(牡馬)は、さらに怖い。特にこちらが雌馬にのっていると…。

「ほら、筋肉隆々の僕をみておくれ」

とカッコつけ、ヒンヒンいいながら、こっちへやってくる。雌馬を略奪しようという魂胆だ。

「わわわ、どうかこっちにこないでね」

とひたすら馬の背上で祈るのみ。


自由放牧されている馬と牛の群れの間をつききっていかねばならない。

こちらがヒヤヒヤしているのを察して、ガイドのマテウさんが愛犬のジャンになにか命令した。するとジャンは馬に向かって勢いよく飛び出していった。そして放牧されている馬の群れを追い散らしてくれたのだ。

そうか、このためにマテウさんは犬を伴ってトレッキングをしていたんだ。その後何度もこのシーンに出くわした。しかしジャンは命令されないかぎり、決して馬を追いかけたりはしない。これは大事なことだ。家畜には、放牧地でゆっくり草を食む権利がある。

で、ジャンがどんな種類の犬か、犬好きのみなさんならほぼ察しがつくはずだ。もちろん牧羊犬。ベルジアン・シェパードとダッチ・シェパードのミックスだそうだ。家畜を集めるのも牧羊犬だが、こうして蹴散らしてくれるのもまた牧羊犬。すなわち家畜の動きをコントロールするお役立ち犬。犬の用途は限りない。

– 続く-


ガイドのマテウさんの馬追い散らし犬、ジャン君。


乗馬トレイル途中でのピクニックのひと時。もちろん食べ物は鞍に下げて持参!ジャン君もここでのんびりとする。

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