オーストラリアのノーズワーク:競技会への参加で犬とハンドラーが真のチームワークを築く

文:五十嵐廣幸

[Photo by Baybark Photo]

オーストラリアのセントワーク(ノーズワーク)人口は爆発的に増えている。州都メルボルンがあるビクトリア州ではセントワークの競技会が月に2回開催される。そこに毎回100組ほどの参加申し込みがあるのだが、定員を大幅に上回るため、競技者の抽選を行わなければならない羽目に。それぐらい人気のドッグスポーツだ。

愛犬アリーの脚の怪我をきっかけに日頃のアクティビティにと思い習い始めたノーズワークだが、今や競技会の常連になるほど私たちはこのスポーツにのめり込んでいる。会場に入ると「ヒロ、調子はどう?」「今日はどのエレメント(課目)に出場するの?」と多くのハンドラーが声をかけてくれる。

アリーと私は現在Advanced(アドバンスド)というレベルにいる。オーストラリアケネルクラブ主催のセントワークは4つのレベルからなっていて、すべての競技者はNovice(初級)からスタートし、Advanced(中級)Excellent(上級)そしてMaster(最上級)と挑戦しながらステップアップを目指す。もちろん多くの参加者が上位入賞を狙っている。

オーストラリアケネルクラブによるセントワーク競技会クラスの仕組み
NoviceからAdvancedに昇格するには、コンテナ、インテリア、エクステリア、車両サーチの各一つずつのエレメントでPASSをすること。なおかつ4エレメントの中から任意のエレメントで二つPASS、合計6つのパス(サティフィケート)をもらうことが条件だ。例えば1+1+1+1と車両サーチ1とコンテナサーチ1合計6つのサティフィケートで次に昇格できる。AdvancedからExcellentは、各エレメントで最低二つのPASSをもらい、プラス1つのパスが条件。アドバンスの場合は2+2+2+2+1=9が最低条件でエクセレントに昇格できるが、3+3+3+3=12で次に昇格しても良いことになっている。ExcellentからMasterは各エレメントで3つのPASSすること。

初めて競技会に出場したときはパス(ハイドを正しくみつけること)さえすればいい、フォルト(=失点)なく制限時間内に隠されたターゲット臭を全部見つけることができればもうけもの、だから順位なんて気にしない、と思っていたものの、競技会に出続けるようになると、そのうちパスだけでは物足りなくなってきた。今度はもっとスムースに見つけ出したい、リボンがほしい、1位を獲りにいこう、などと欲がでてくるようになった。

競技会で好成績を残すには、まず風や雨といった悪天候、見知らぬ場所、野生動物の糞などのありとあらゆる環境のディストラクションをものともしない犬になってもらう必要がある。さらに、Advancedレベルではおもちゃがサーチエリアにディストラクションとしてもうけられる。そのような様々なハードルを乗り越えながら、ハイド(ターゲット臭)をいち早く、そして確実に見つけ出さなければならない。

犬だけではない。ハンドラーにも多くが求められる。犬のサーチの妨げにならないように、リードワーク(リードをさばく技術)はもとより、犬のボディーランゲージを適切に読み取る能力も必要だ。たとえば、Change Of Behavior(COB)を見逃してはいけない。COBとは、においをキャッチしたときの行動の変化だ。犬をとことん読んでいれば、自信をもってアラートを宣言できる。

ある日曜日に行われたAdvancedレベルの競技会、インテリアサーチの模様を記したい。このレベルでは二種類のターゲット臭が使われる。ディストラクション用のにおいはサーチエリア内に一つあるが、それが何なのかは具体的には知らされない。

スチュワート(案内役)から「オンリード、オフリードのサーチが選べます。制限時間は2分30秒です」と説明を受けた後、サーチエリアに通じる部屋に通された。

「おはようございます」

とジャッジたちに挨拶しながら、アリーと一緒に大きな部屋の一角にあるサーチエリアの方に向かって歩く。この時点で私はまだオンリードかオフリードかの決断ができていなかった。即決できなかったのには理由があった。

[Photo by Baybark Photo]

実はその前日も、別の競技会でコンテナサーチに挑戦していた。このときにもリードの有無の選択があり、私はオフリードを選んでサーチに臨んだ。アリーはコンテナに沿ってにおいを嗅ぎながら一往復半したが、ハイドを見つけられなかった。そこで彼女はその部屋の壁や椅子といったサーチ対象物以外からにおいを取ろうと部屋の中をぐるぐると歩き始めた。それでもまだハイドを見つけられず、彼女はからだを何回かブルブルと振った。

これはストレスのサインだ、と思ったので、アリーのハーネスに素早くリードをつけた。そして再びサーチのコマンドを伝えた。リードはいつもより短く持ちコンテナに沿って歩いた。すると青のペンシルケースでいつものインディケーションが出た。

私「アラート」

ジャッジ「correct」(正解)

しかしそれと同時にタイムキーパーから「残り30秒」の通告。もう一つのハイドを見つけられず、コンテナサーチはパスできなかった。残念….。

と、前日にそんな苦い経験があったこともあり、今回のインテリアサーチはギリギリまでリードの有無を迷ったのだ。スタートラインの前に立ちながら、エリアのレイアウトを素早くチェック。サーチすべきエリアはそれほど広くなく、床に貼られた赤いビニールテープの内側のみ、手前に椅子が数脚あり後方には長い事務机がある…。オンリードのアリーが椅子の下やテーブルの下をくぐれば、リードワークは難しくなる。しかし、またオフリードで、サーチエリア以外を探しに行ってしまったら時間が足りなくなるかもしれない。

よし、決めた。

青いリードをハーネスにつけたまま、私たちはスタートラインを切った。アリーは椅子の上に畳んで置いてある毛布に一直線に向かい、においを嗅ぎ始めた。夢中でにおいを嗅いでいる。しかしインディケーションは見せない。私はこの毛布は怪しいな、と思いながらも保留にして、アリーに他を探すよう伝えた。もし何も見つけることができなければ、あとからここにきて、もう一度探させようと思ったのだ。次に向かったのは事務机だ。天板の裏のにおいを嗅ぎ、脚の部分でインディケーションを見せる。しかし、私はハイドがどこにあるかはっきりしないので、アリーにいつものように聞いてみた。

「どこ?」

その声を聞いて彼女は再びにおいを嗅ぎ出す。そして事務机の脚に付いている車輪の部分でインディケーションを見せた。私は確信をもって「アラート」を宣言。「correct」というジャッジの声が聞こえた。よし、次の二つ目を見つけるぞ。すかさずサーチの合図をアリーに伝えた。

次のアラートを一体どこでしたのかまったく記憶がない。あまりにもアリーのボディランゲージとCOBに集中しすぎたためだ。後日確認してみると、最初にアラートをした事務机からわずか1m離れた場所に二つの椅子が組み合わされていて、その座面と座面の間にあったそうだ。そしてアリーがしつこくにおいを嗅いでいた毛布は、なんと猫が寝床として使っているものと聞いて納得した。このインテリアサーチのタイムは57秒93で12位(46頭中)という成績だった。

競技会は、それまでにやってきた練習の成果を見せる絶好の機会であるのは言うまでもない。しかし、それと同時に張り詰めた緊張の中で行う犬とのパフォーマンスを通して、ハンドラーは次のトレーニング課題を見つけることができる。競技会での真剣勝負を経験することで、もっと上手くなりたいという向上心が湧く。

競技会の会場の様子はこちらのYoutubeを見てね!(↓)

文:五十嵐廣幸(いがらし ひろゆき)
オーストラリア在住ドッグライター。
メルボルンで「散歩をしながらのドッグトレーニング」を開催中。愛犬とSheep Herding ならぬDuck Herding(アヒル囲い)への挑戦を企んでいる。サザンオールスターズの大ファン。
ブログ;南半球 deシープドッグに育てるぞ
youtube;アリーちゃんねる