文と写真:藤田りか子
これまでに何頭か飼ってきた人に質問です!
最初の犬と、今飼っている犬、同じ犬種ですか?たとえば一番最初の犬はミニチュア・ダックスフンド、そして20年後の今も同じ犬種?それともまったく別のタイプ?自分の好みの犬が年齢と犬経験を経るにつれて変わってきたという人、いますか?
私の場合、後者のケースだ。当初いっしょに暮らしていた犬とはまったく異なるタイプの犬が今横でソファに寝そべっている。ラブラドール・レトリーバーだ。どんなふうに自分の犬への好みが変わってきたのか、ちょいと語ってみたい。
今は昔。もう25年前のこと。スウェーデンに移住し、大学院での卒論のテーマも決まり、気持ちに余裕が出てきた頃。犬といっしょに暮らしたい!と切望するようになった。当時好みの犬は断然「大型犬」。絶対に大型犬。大学院では野生動物管理について勉強していたのだが、動物に関してもシャチやオオカミ、クマだの大型動物に興味を持ち、修士論文の対象もやはり大型野生動物、ヒグマであった。ヒグマ生態研究では世界的権威の教授が修論担当だったのだが、彼や発信器をつけたクマを追いフィールドにでている仲間の学生達の間でも「大型野生動物こそ一番かっこいい!」という風潮があった。だからよく酒の席で
「シカより小さい動物はみな昆虫だ!」
と笑って語っていたものだった。
動物なら大きいのがいい!だから飼いたい犬は、グレート・デーンとかチベタン・マスティフ、イングリッシュ・マスティフなど、超がつく大型犬種の面々だった。そして、さらには「できるならレアな犬種」という希望もあった。そこで見つけたのが、レオンベルガーであった。図鑑で体高をみるとメスでも70cmはゆうに超えていた。スウェーデンではレオンベルガーは決してレアな犬種ではないが、かといってゴールデン・レトリーバーのようにあちこちで見る犬種でもない。そしてコートカラーも黒い毛が所々に入ったサンドベージュから赤茶。自然な感じであり「プリミティブ」な感じが気に入った。ブリーダーを探し、スウェーデンで最初の犬、レオンベルガーの「クマ」と暮らすことになった。
クマの彫刻の前に立つレオンベルガーのクマ。彼女が10歳の頃。クマは大型犬にしては長生きをした。
スウェーデンに住んでいると、子犬を得てしばらくすると自動的にパピー教室に通う、という流れになる(ブリーダーがそういう知識を与えてくれるからだ)。クマといっしょに各自治体に存在するワーキングドッグクラブのパピー教室、その後に続く日常しつけ教室に参加した。このような教室に参加する利点は、知識を得られるばかりではなく、いろんな犬とその飼い主に出会えることだ。
教室に参加して発見したことがあった。クマは他の犬のように飼い主とアイコンタクトを簡単に取らない。「ツケ!」と言っても彼女は明後日の方向を見たまま。他の犬たち(ベルジアン・シェパードやジャーマン・シェパード、コリーなどが教室に参加していた)は、しっかりと飼い主の顔を見るのに…! 当時は自分のトレーニングの仕方が悪いのかと思っていた。いや、それも十分原因なのだけど…。しかし犬種は歴史的な使役目的に基づき性格や特性が培われる、ということを知り、アイコンタクトの取りやすさは犬種の違いにあることに気がついた。こちらの記事も参照にされたい。
レオンベルガーはグレート・ピレニーズやニューファンドランド、セントバーナードをクロスして作られた犬種である(とはいえ、今時のデザイナーズドッグとは違う。何しろ何世代にもわたってタイプを固定してきたからだ)。そこに人といっしょに作業をする、という特性は求められていなかった。そもそもレオンベルガーを考案した人も大型の素敵な家庭犬を作りたい、という意図しか持っていなかった。
研究者としての才能がないことに気がつき、大学を卒業したのちは日本の犬雑誌のフリーランスライターとなった。日本にいない犬種がスウェーデンにいるので、記者として重宝がられた。あるとき「レトリーバー全6種を撮影して飼い主にインタビューしてほしい」という取材依頼を受けた。日本では当時ゴールデンとラブラドール・レトリーバーが全盛期。とはいえ、他のレトリーバー種はまったく未知の犬種だった。というか特にチェサピーク・ベイ・レトリーバー、ノバ・スコシア・ダックトーリング・レトリーバー、そしてカーリーコーテッド・レトリーバーは日本にほぼいなかったのではないかと思う(今でも日本では非常にレアな犬種だ)。
前置きが長くなったが、そういう経緯があって取材先で生まれて初めてカーリーコーテッド・レトリーバーに出会うことになった。そしてそれはもう一目惚れ。その時からカーリーへの愛が始まる。ついに子犬を得て育ててみると、これがなんともくすぐったいほど勝手にアイコンタクトを求めてくる。
「ああ、やっぱり犬種なんだ、アイコンタクトの取りやすさ!」
カーリーは実はレトリーバーの世界では一番大きい犬である。さらにアイコンタクトがよくドッグスポーツの犬としてトレーニング性能もあった。クリクリ毛のおかげでほとんどブラッシングの必要がなかった。そしてスウェーデンでも珍しいレア犬種であった。街をカーリーと歩いていると、たいてい声をかけられるのだ。
「なんですか、この犬種?!素敵ですね!挨拶してもいいですか?」
注目を浴びて誇らしかった。こんなに何もかも揃った犬はいるだろうか。とことん満足を覚え、カーリーをこれまでに3頭飼ってきた。そう、今いるラッコが3頭目である。
街を歩くと、たいていラッコの周りにはひとだかりができる
だが、レトリーバーの世界に足をつっこんだらつっこんだで、カーリーではだんだんあきたらなくなっていったのだ。レトリーバーの世界には、この犬種群だけのためのドッグスポーツ、狩猟時の回収の巧みさを競うフィールドトライアルやワーキングテストというものがあった。そのスポーツをちょっとだけたしなんだことで、欲がでてきた。なんといってもその世界で華々しく活躍していたレトリーバーは、他でもないラブラドール・レトリーバーたちだったのだ。それも普通の家庭犬ラブラドールではなく作業性能を基にブリーディングされたフィールド系ラブラドール。
素晴らしい作業欲、集中力、労働倫理、ハンドラーとのコミュニケーション力、そしてよく効く鼻!こんな言い方をしたらカーリーコーテッドファンには申し訳ないが、何もかもがカーリーの上をいっていた。
ラブラドールの働く姿を見たら、もうこの犬種しかいない!と思って当然…。
「レトリーバーのスポーツをするのなら、やっぱりラブラドールレトリーバーしかいない!」
とレトリーバーの世界に入って15年目(!)の決断であった。その2年後、我が家の家族にラブラドール・レトリーバーの子犬が仲間入り。それがアシカ。その後の彼女のサクセスストーリーは犬曰くに多くのエピソードを記しているので皆さんもご存知のはず。さらに去年はアシカの娘、ミミチャンも仲間入り。
今やラブラドール・レトリーバーこそ「私の愛する犬種」と胸を張っていうことができる。昔は
「ラブラドール・レトリーバーは飼いやすいからいいけれど、どこにでもいる犬種だからいやだなー」
なんて思っていたものだ。なにしろラブラドール・レトリーバーは世界一人気の犬種。だが今の私には「レア犬種」かどうかなんてどうでもよくなっている。そして大型犬という見かけにも犬としての価値をもう見出すことはなくなった。それよりも協調関係をとことん築き上げ、スポーツを通して何かいっしょに作り上げることの方が最高に楽しいことがわかった。これぞ犬といっしょにいる醍醐味だ。そう、外見ではなく、犬の中身ととことん付き合えるようになった自分がいたのであった。
我ながら犬とのなかなかいい人生を送っていると思うぞ…。