犬は音楽を聴いてリラックスする、は本当?

文:尾形聡子


[photo by Ilmicrofono Oggiono]

好きな音楽を聞くとワクワクしたり、元気が出たり、感動したりするものです。このような音楽の持つ作用を利用して心身の健康の回復や向上をはかるために使われているのが音楽療法です。人の場合、音楽は覚醒作用とリラックス作用の両方を誘発します。速いテンポの曲は意識を集中させ、遅いテンポの曲や瞑想的な音楽はリラックス効果を生み出します。リラックス効果がある音楽の中でも、モーツアルトがいいという話を聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。

モーツァルトの音楽が健康に与える影響 | 創考喜楽 | 教育業界の常識にQuestionを投げかけるメディア
本連載では、モーツァルトの音楽療法を身に付け、ストレス軽減、免疫力や集中力の向上、花粉症の撃退やダイエットの効果にまで影響を与えることを目指します。

人における音楽療法の研究はたくさん行われており、血圧や心拍数を下げたり、痛みを緩和したり、不安レベルを低下させたりするなど、多方面で健康にいい結果をもたらすことが示されています。人の健康に有効なことがわかっている音楽療法を、ストレスの多い環境下にある動物の福祉を向上させるための聴覚エンリッチメントのひとつとして応用することが期待されています。

たとえば家畜では、乳牛において、クラシック音楽を聞いている牛の方が、機械音だけが聞こえる状態の牛よりもストレス行動が少なく、より多くの牛乳を出すという、乳牛の福祉と利益の増加の両側面にプラスに働く研究結果が1997年にでています。犬においては、すでに「犬のための音楽」のような曲が簡単に手に入る時代になっていますが、犬の音楽療法の研究はそれほど多く行われているわけではないのが現状です。

2020年に、その時点で発表されていた9報の犬の音楽療法に関する研究について横断的に見直し、考察したレビューが発表されています。それによれば、シェルターや動物病院などストレスの多い環境にいる犬にクラシック音楽を聴かせると、横になったり寝たりする時間が長くなるなど鎮静効果が見られたということです。しかし、犬用の音楽(5つの研究においてThrough a dog’s earを使用)においては、クラシック以上の行動の変化は見られませんでした。また、短期的ないい影響があるとしても、同じ音楽に何度もさらされることで慣れが生ずると、その効果が低下する可能性があるということです。

音楽を流すという方法は聴覚エンリッチメントとして取り入れやすく、犬にプラスに働く可能性があるため、長期的に音楽にさらされた場合の影響や、音楽の好みの個体差などに関する研究なども含め、より多くの実証研究を行う必要があるとしています。


[photo by Top Dog Podcast]

犬にもエントレインメントの効果がでるか?

一般の家庭犬にとってストレスを感じやすい環境といえば動物病院です。来院中の犬のストレスを軽減させるのに音楽が効果的であるかどうかを調べた研究が今年に入って発表されました。

研究者らは、特定のテンポの音楽と体内リズムを同調させる「エントレインメント(同調作用)」と呼ばれる同調プロセスが、人の慢性的な痛みや不安、睡眠不良などに効果があることが示されているため、犬の安静時の心拍に合わせたテンポの音楽を使うことで、双方が同調し、犬の不安レベルが軽減できるのではないかと考えました。

実験にはさまざまな犬種38頭が参加。模擬的につくられた動物病院にて、まず犬は待合室にあるケージの中で15分間ひとりきりにされます。その後、診察室へ連れて行かれ、10分ほどの健康診断を受けます。犬はひとりきりで待っている間に、その犬の安静時の心拍数に合わせたテンポで演奏されたクラシック音楽を聞く場合と、何も音楽を聞かない場合の2回診察を受けました。それぞれの診察は少なくとも2週間あけて行われました。

その結果、犬は待合室にいたときと比べて診察中に「より怖がっている」と評価されました。ストレスマーカーとして知られる唾液中のコルチゾール(ストレスホルモン)とIgA(分泌型免疫グロブリンA)、赤外線サーモグラフィーによる目・鼻・耳の温度はベースラインから待合室後で高まり、さらに検査後にも有意に上昇しており、音楽にさらされたかどうかには影響を受けていないことがわかりました。また、音楽を聞いた場合には、深部体温とリラックスした唇をする確率が低くなることが統計的に示されました。

研究者らは、犬の心拍テンポに合わせた音楽が同調作用を生み出し、犬の感情面に効果があることは証明できなかったことに対し、ポジティブな効果を得る以上にストレスが強すぎたことが考えられると言っています。そのため、動物病院での音楽療法が持つ効果を調べるには、犬のストレスをリアルタイムで正確に評価できる測定方法を考えるなど実験デザインを修正し、さらなる研究を行う必要があるとしています。


[Photo by Omar Roque on Unsplash]

音楽療法は家で手軽に試せます!

犬の音楽療法は、動物病院とシェルターというストレスを感じやすい環境での研究が行われることが多いですが、全体的にみて、犬への音楽療法のいい効果については科学的にしっかりとした根拠がまだ示せていないのが現状と言えるでしょう。

とはいえ、日常生活の中で犬が不安を感じるようなシチュエーションが生ずることがわかっているのであれば、試さない手はないのではないでしょうか。現時点では、犬のために作られた音楽よりもクラシック音楽の方が犬を落ち着かせる効果があるということですが、犬も人と同様に「音楽の好み」があるのではないかと思います。ですので、犬のために音楽を生活に取り入れたいと思う方は、音楽を探して流しつつ、犬の行動を観察してみると、これぞ!という曲が見つけられるかもしれません。

また、2つ目の研究での「エントレインメント」についても、まだまだ研究の余地があるのではないかと感じます。犬にも同調効果があると仮定して、安静時心拍と同じくらいのテンポの曲を探してみるのもいいかもしれません。

犬が私たちと同じような感覚で音を楽しむかどうかは未知数ですが、人と同じように好みがあり、音楽の影響の受けやすさには個体差があるのではないかと個人的には思っています。

【参考文献】

Musical Dogs: A Review of the Influence of Auditory Enrichment on Canine Health and Behavior. Animals 2020, 10(1), 127

Effect of Music on Stress Parameters in Dogs during a Mock Veterinary Visit. Animals 2022, 12(2), 187

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