文と写真:五十嵐廣幸
全課目で競技会チャレンジ!
今回は、私とアリーの第2回目となるノーズワーク競技会の挑戦記である。Border Collie Club Victoriaという、オーストラリア・ビクトリア州ボーダーコリー犬種クラブ主催の大会に参加した。前回出場したときは、競技会慣らしとして、車両とコンテナサーチの2課目だけに絞った。アリーが競技会をストレスと感じないように、という配慮からだ。しかしここまでくればもう大丈夫。今大会では、車両とコンテナの他に、エクステリア、インテリアサーチを加えた全4エレメント(課目)でエントリーした。
前回の競技会の経験から、アリーは競技会の長い待ち時間でもノーズワークのモチベーションを十分保てる、ということがわかった。この度全課目挑戦したのはその確信ゆえだ。それに、なによりもノービス(初級)からアドバンスと呼ばれる一段上のレベルに早く昇格したかった。今回エントリーした4サーチすべてにおいてハイドを見つければ、前回の大会での成績と合わせ合計6つのエレメントにパスすることになる。そうすれば、今後アドバンスレベルでもっと難しいサーチに挑戦できるのだ!
会場はなんと現役小学校
朝8時、車が続々と校庭に乗り入れられる。そう、今回の会場はなんと小学校!できるだけアリーが落ち着けそうな場所を選んで車を止めた。大きな木の下でなるべく直射日光が当たらないところ。校庭は駐車場としてだけでなく、犬を散歩させたり、排泄をさせたり、ハンドラーと犬が芝生の上で寝転んだりして競技に備える場所としても機能した。
校庭が駐車場に… 。
車両サーチは学校の中庭の一部がサーチエリアになり、エクステリアは教室に面した外廊下が使われた。インテリアは教室の中、そしてコンテナは図書室というように学校全体を使った競技会が始まった。すべてのエレメントで、スチュワードと呼ばれる係の人が私たちをサーチエリアまで誘導してくれた。私とアリーは、校舎内を歩いて競技場へと向かった。
競技開始
一番苦戦したのは、エクステリアサーチだった。アリーは、においの在り処を突き止めようと、教室の窓にはめてある網戸に沿って何度も左右に往復した。その後は穴あきレンガの横を通り過ぎ、植木鉢、地面に置いてある箱、そしてテーブルとベンチのにおいを嗅いで、また網戸に戻った。なかなか見つけられないまま時間が過ぎていった。
リードを慎重に捌きながら「焦るな。アリーがちゃんと見つけ出すまで信じて待ってやれ」と自分に言い聞かせた。彼女がターゲット臭を見つけたときに、必ずやる仕草「振り返って私を見る」という行動が出るまで、私はジャッジにアラート(ここにありましたよ!という合図)を出すのを堪えた。
しばらく経つと、アリーは再び穴あきレンガに向かった。そして鼻先を近づけて私に振り返った。すかさず「アラート」と大きな声でジャッジに伝えた。
「正解!」
サーチエリアの外に出た私たちに向かって「辛抱強く待ったわね。良くできました。アリーにたくさん褒美をあげてください」とジャッジは褒めてくれた。
タイムは124秒91。(規定時間180秒)ハイドを見つけた17組の中では一番遅いタイムだった。しかし見つけられなかったペアが22組もいたことを思えば大健闘だ。苦労して正解のアラートを伝えられたことは自分の自信に繋がる。日々コツコツと練習を積み重ねたおかげで、アリーの行動をじっくりと観察して読めるようになったのだと思う。地道な練習は決して無駄にはならない。
日頃のコツコツ練習のおかげで私もアリーを読む目が培われた。
モチベーションを保つために
競技参加頭数が80頭といった大きな大会ともなると、アリーがいくら他の犬を無視することが出来ていても、何かしらのストレスはかかる。このままでは午後の部のパフォーマンスに影響してしまうかもしれない。そう思い、ランチ休憩の間に会場を離れて散歩に出かけた。住宅街を歩き、アリーは地面のにおいを嗅いで排泄をする。普段と変わりない散歩を楽しんだ。
競技会場にいると犬だけでなくハンドラーも心からのリラックスが難しくなる。競技の成功か否か、ということばかりが気になる。犬は人の心の中を読み取り、その不安を感じ取る。のみならず伝染する。思い切って会場を出て散歩したことはアリーだけでなく、私のモチベーション回復にもなった。
次のサーチまで順番を待つ参加者たち。待ち時間の間、みな上手にストレスコントロールができるよう、リラックスを心がける。
日本のノーズワークに必要なこと
オーストラリアでは子供に怪我がないようにという配慮から、学校の敷地内に犬を入れることは禁止されている。しかし今回小学校を貸してもらえたのは、犬のトレーニングを行なってきたドッグクラブの努力と地域と深く結びついた社会貢献の表れである。
そしてこの大会の教室と図書室で行われたどちらのサーチにおいても、失格者はゼロ。どの犬も粗相をしなかったことを意味する。多くの犬が参加しても、施設を糞尿で汚すことがなかった。こんなふうにマナーよく犬と飼い主が振る舞ってくれれば、ここをまた会場としてかしてもらいやすくなるはずだ。主催者のドッグクラブ側としては大変喜ばしいことに違いない。
さて、日本でも少しずつノーズワークの競技会が開かれるようになったのはいいが、開催にあたり一番苦労するのが会場を借りることだという。会場を粗相で汚さないように、開催者は大変な気苦労をするそうだ。
競技としてのノーズワークを始めて、改めて感じることだが、日本の典型ともいえる「家の中に敷いたトイレシートの上に排泄させる」や、東京都など都市部の推奨する「散歩中に犬におしっこなどをさせない」などの犬の飼い方文化は、競技会に出場する犬にどのような影響を与えるのだろうか?
「外でしてはいけない」「室内を排泄場所にしなさい」と日頃から教えられてきて、犬がサーチエリアである室内に入った途端、「やっとおしっこできる」と勘違いして粗相をしてしまう。そんなケースもあるだろう。
日本の飼い主の中には、オムツやマナーベルトを犬に履かせて粗相を防ぐという方法を取る人もいる。しかしノーズワークは嗅覚を通して、犬らしい行動を取るために与えられた機会でもありアクティビティでもある。オーストラリアのルールではオムツはもとより、洋服を着せることも禁止されている(編集部註:北欧ルールでは、マナーベルトはOK。しかしそれをつけたまま競技中に排泄すると失格となる)。
多くのドッグスポーツにおいて犬に洋服をきせて参加させるのはNG。ノーズワークも例外ではない。[Photo by Tomohiro Ikuma]
飼い主は、犬にオムツを履かせればその場所を汚さないで済むと思っているかもしれない。がそんなことに気を使うより、犬の福祉にもっと意を注いでほしい。マナーとエチケットを守りつつも、犬らしく散歩中に外でしっかりと排泄をする機会をもらえる方が、犬はより喜ぶはずである。(ちなみにオムツやマナーベルトを履いた犬をオーストラリアで見かけたことはない)
「犬らしい行動」については世界と日本で大きく違わないはずだ。もう一度犬の排泄の意味、犬のニーズについて考えてほしいものだ。飼い主の意識が変われば、日本のノーズワークの競技会や練習会はもっと身近な場所で頻繁に行われるはずである。
今回の大会は、車両サーチで3位、インテリアサーチは惜しくも4位。すべてのサーチにパスしてアドバンスに進級できた。詳しくはこの動画をご覧ください。
文:五十嵐廣幸(いがらし ひろゆき)
オーストラリア在住ドッグライター。
メルボルンで「散歩をしながらのドッグトレーニング」を開催中。愛犬とSheep Herding ならぬDuck Herding(アヒル囲い)への挑戦を企んでいる。サザンオールスターズの大ファン。
ブログ;南半球 deシープドッグに育てるぞ
youtube;アリーちゃんねる