文と写真:五十嵐廣幸
ノーズワーク、最初の一歩
大都市東京からオーストラリアに移り住んだチビっ子、イナリ。都会育ちの彼は、ポカポカ陽気の日でも部屋にこもろうとする犬であった。排泄のための散歩に出かけるので精一杯。外で過ごすのは怖いらしい。このビビリを克服するために、アリーを伴っての散歩にくわえてノーズワークもやらせてみようと思った。アリーと散歩したイナリのビビり克服の記録については、こちらのブログ「東京のビビり犬、オージースタイルに大変身」もどうぞ。
ノーズワークというスポーツのそもそもの始まりは、アメリカの動物保護施設に収容されていた犬のために作られた嗅覚遊び。それがルールを持つスポーツとなり、どんな犬でもできるということでアメリカ全土で人気を博した。スポーツとしての敷居がとても低いので、イナリのようなビビリの犬でもすぐに始められる。場所を選ばずできるノーズワークを通して、イナリを外の世界やいろいろな環境に慣れさせていこうと思った。
イナリのノーズワーク入門はアリーとは違うアプローチをとった。空のヨーグルト容器の底にターゲット臭を入れて固定した。それにイナリが興味を示してにおいを嗅いだら、すぐに褒めてフードを与えた。これは当時、アリーにターゲット臭にもっと執着してもらおうと始めた練習方法であった。イナリは食べることに対して執着心がとても強いこともあって、この方法でいとも簡単にターゲット臭を覚えていった。
初めての屋外サーチ、そして・・・
ノーズワークを始めたばかりの犬には、ハイドを見つけやすくするために、それほど広くない部屋にターゲット臭を置くのが通常のやり方である。しかしイナリの2回目のノーズワークは、経験者のアリーといっしょに練習していることもあって、かなり難しめのサーチとなった。自宅の庭の葉っぱの裏に隠したアニスを見つけるというものだ。
ハーネスもリードもつけずにイナリを庭に連れ出した。芝生の上に立つ彼はすでに鼻を細かく動かしていた。ターゲット臭に気がついていたのだ。私は「サーチ」と言いながら、彼の体からそっと手を放した。イナリはトコトコと歩きながらサーチを始めた。空中に漂うにおいの帯を辿っているのだろう。ジグザクに進みながら徐々にハイドへ近づいていった。庭の植木の近くを数回うろうろしたあと、ターゲット臭が隠してある一枚の葉っぱに鼻先をつけた。
「そう、そこが当たり!」
すかさずイナリの元に歩み寄りご褒美をあげてしっかりと褒めた。その後、ターゲット臭を空の植木鉢の中や土に半分埋めて隠したが、いずれも簡単に見つけた。イナリにはノーズワークのセンスがある。
イナリのノーズワーク、我が家の庭でやった時の模様
数日経ってから、今度は自宅の駐車場や屋外に設置してある給湯器の周りなどで練習をしてみた。それほど時間をかけることもなくにおいを見つけ出したイナリを見て、彼がノーズワークの楽しさを理解し始めているのがわかった。ならば、今度は散歩の途中でトライしてみようと思ったのだ。
環境が変わればステップバック
案の定、初めての場所でのサーチでイナリは戸惑いを見せた。
「ここで何をするのでしょうか?早く散歩の続きをしましょう」
と言わんばかり。じっと私の顔を見上げている。違う環境に身を置けば、否が応でも沢山の知らないにおいいや音にさらされる。それらの刺激に戸惑い、普段のように出来なくなってしまうのが犬である。そういうとき、「家ではできたのに…」とがっかりする必要などまったくない。数歩下がって基本に戻ればいい。
知らない環境でもノーズワークを思い出してもらうために、ターゲット臭をフードとペアリング(ターゲット臭と食べ物を一緒にすること)してサーチのお膳立てをした。あとは、イナリがそのフードのにおいに気がつくまで辛抱強く待つだけだった。しばらくするとイナリは自宅の庭でやったように鼻を動かしながら、少しずつハイドに近づいていった。
探し始めるまでの時間はかかったものの、新しい環境でも植え込みの中に隠してあったターゲット臭を見事探し出した。この時は食べ物を見つけるというモチベーションが大半であったかもしれない。それでもイナリは、これをきっかけに「この公園でも、いつものにおい探しのゲームをやるんだね」とノーズワークのルールを理解したはずだ。
いつでもどこでもノーズワーク!
日頃慣れている場所から離れ、公園などでノーズワークを始めた頃、イナリは遠くに見える他の犬の存在が気になって、けたたましく吠えたり、唸り始めたり、犬に向かっていったりしたこともあった。しかし、今では「サーチ」という「探せ」のコマンドの意味もしっかりと理解し、多少の波はあるもののすぐに探し始めることができるようになった。
私は散歩にいく時はアニスやバーチなどのターゲット臭を持ち歩くようにしている。初めていく場所であれば尚更だ。散歩をしながらターゲット臭を隠し、暫くしてその場所に戻り、イナリにノーズワーク遊びをさせる。彼はハイドを見つけると毎回尻尾を細かく振って知らせてくれる。
私はそんな彼の姿を見ながら、心の中で何度もこう言ったものだ。
「どんな場所も怖がることはない。外の世界には君の大好きなお宝が沢山あって、それを見つければ美味しいトリーツも食べられる。もっと自由に探しまわれ、イナリ!」
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文:五十嵐廣幸(いがらし ひろゆき)
オーストラリア在住ドッグライター。
メルボルンで「散歩をしながらのドッグトレーニング」を開催中。愛犬とSheep Herding ならぬDuck Herding(アヒル囲い)への挑戦を企んでいる。サザンオールスターズの大ファン。
ブログ;南半球 deシープドッグに育てるぞ
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