東京のビビり犬、オージースタイルに大変身

文と写真:五十嵐廣幸

この犬はイナリ(写真上)。東京からオーストラリアに引っ越してきた7歳のオス犬だ。超がつくほどのビビリで、風が吹いただけで吠え続ける。自分の体より大きい犬に吠えまくるし、咬みつこうとすることもある。故郷の東京とは異なりオーストラリアには大型犬が多く、彼のような超小型犬はほとんどいない。結果、出会う犬ほぼ全てにイナリは喧嘩を売ろうとしていた。

私はイナリの世話を時々しているのだが、そんな彼を見てとても不憫に思っていた。ただし飼い主さんは彼女なりにイナリの為に一生懸命つくしていた。手作りの餌を与え、フワフワのベッドを用意し、沢山のオモチャを買い与えた。しかし圧倒的な社会化不足のせいで世が怖くてしょうがないイナリのQOLは決して高くはなかった。彼に本当に必要なのはお金で買えるモノではなく、犬としてもっと楽しく過ごせる時間だ。

ペットショップの言葉をそのまま信じて…

私は飼い主さんに、アリーと行動を共にさせることを提案してみた。アリーといっしょに散歩をしたり、ノーズワークなどのアクティビティをしてみるのはどうだろうか、と。

「長時間の散歩は怪我につながりますから」

と即座に答えが返ってきた。ペットショップで言われた言葉をそのまま信じ込んでいた。晴れている日にだけ散歩に行けばいいと思っているらしい。

「今までやってきたことから変えていかないと、いつまで経ってもイナリは同じ状態のままだと思いませんか?」

最初は躊躇をみせていたものの、そのうち「もしかしてそうなのかな」と考えを改めてくれた。そのときからイナリのビビリ克服の毎日がスタートした。私は彼をアリーといっしょに散歩につれて行くことにした。

イナリのビビリ克服のために私は彼をアリーといっしょに散歩に連れ出した。

においを嗅ぐことを忘れてしまった東京の犬

アリーとの散歩を開始したばかりの頃、イナリは散歩中に全く地面のにおいを嗅ごうとしなかった。アリーが電柱を嗅いでいても、彼はその側で不思議そうに見ているだけだった。彼のこれまでの散歩とは、飼い主とただ一緒に歩くだけのものだったらしい。その間排泄は行わない。いつもよりも大幅に長い2時間の散歩が終わり、家に戻るやいなやイナリはずっと我慢していたオシッコやウンコを勢いよく出した。

だが、アリーとの散歩を続けていくうちにイナリの行動が少しずつ犬らしくなってきた。彼はアリーがにおいを嗅いでいる場所に鼻を近づけクンクンと嗅ぎ始め、そこで排泄をするようになった。犬は他の犬の行動を見て学ぶ。アリーが外でにおいを嗅ぎ、オシッコするのを見て、ボクもやってみようかな、という気持ちになったのだろう。おまけにこれまでのような短い散歩ではない。家に戻るまで排泄を我慢することがいよいよ辛くなったのも、彼が行動を変えようとする後押しになったのに違いない。

ビビリから脱却し、外の世界をもっと謳歌してもらうためにもイナリにトイレシートを使わせないよう飼い主さんにお願いした。ちなみにオーストラリアでは子犬のトイレトレーニング用としてシートは売られている。犬は外で排泄をする。それがオーストラリアでのスタンダードだ。室内を排泄場所にする家庭はない。室内でしか排泄できない状態では、今後、イナリがデイケアで世話してもらう際、預かりを困難にさせてしまう。7年もの間、室内のトイレシートだけを排泄場所にしてきた彼をリトレーニングするために、2時間ごとに外に連れ出すよう飼い主さんに指導した。夜中にも目覚まし時計をかけて外に連れ出してもらった。

怖がりがだんだんなくなった!

アリーを伴なっての散歩トレーニングによってイナリは雨も克服できた。我々は土砂降りのときもお構いなしに散歩に出かけた。土砂降りの日は散歩する犬の数がぐっと減るから、他の犬にアグレッションがある犬にとってはかえって絶好の散歩日和になるのだ。オフリードにできる巨大な公園で、初めのうちは疾走するアリーを唸りながら追いかけたり、足が濡れるのを嫌がったり、もう帰りたいと車を停めている場所に戻ろうとした。しかし、雨の日の散歩を繰り返すうちに、濡れることなど気にしないでトコトコと歩くようになったのだ。

ビビリ脱却のトレーニングを始めてから約5ヶ月後。イナリはアリーとの散歩が楽しみで仕方がないという風にまでなった。アリーと一緒に歩くことは彼の心の支えとなった。おかげで他の犬に対する恐怖心もやわらいでいった。また飼い主さんのLeave it(ほっときなさい)というコマンドも少しずつ功を奏するにようになった。喧嘩を売る回数が次第に減ってきた。毎日くたくたになるほどの長い時間の散歩を続けたために、ガウガウするだけの体力・気力がなくなっていたためもあるだろう。

犬は犬から教わることが実に多い。他の犬が怖いというのであれば、怖がらない犬と友達になってもらい、そこから学ばせるのが一番だ。イナリにとってその最初の犬がアリーであった。ただしアリーにとってイナリと過ごすことは多少なりともストレスを感じる時間であっただろう。イナリから吠えられたり、低い声で唸られたりしていたからだ。だが彼女はイナリを相手にしなかった。時にはその場を去ってやり過ごすこともあった。そのようなことを繰り返しながら、イナリは自然と、この犬は怖くない、吠える必要もないのだ、と理解できるようになった。

ビビリ犬にさらなるストレスがかかることを可哀想と思うあまりに、散歩に行くのをやめたり、外に連れて行くのを控えたりする人がいる。しかしそれは結果的にストレス耐性をさらに悪化させ、飼い主自らの手で、犬のQOLを著しく低下させてしまう。飼い主は愛犬のストレスの原因や行動をよく理解しつつ、愛犬が犬らしい毎日を過ごせるように行動的であってほしい。イナリのように他の犬が怖ければ、犬が少ない場所や時間を選んで散歩をするといった工夫をすれば、ビビリでもきっと楽しい毎日を送れるはずだ。

イナリのビビリ克服のための次なるチャレンジは、ノーズワーク!こちら、次の機会にお話をします。

つづく。

文:五十嵐廣幸(いがらし ひろゆき)
オーストラリア在住ドッグライター。
メルボルンで「散歩をしながらのドッグトレーニング」を開催中。愛犬とSheep Herding ならぬDuck Herding(アヒル囲い)への挑戦を企んでいる。サザンオールスターズの大ファン。
ブログ;南半球 deシープドッグに育てるぞ
youtube;アリーちゃんねる