犬は地球の磁場を使って頭に地図を描いているかもしれない

文:尾形聡子

[photo from eLife fig1]

体内コンパスを持つ生物といえば渡り鳥が有名ですが、鳥だけでなく魚や昆虫など多くの動物、そして私たち人間にも地球の磁場を感じる能力があることが示されています。

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犬も、磁場を感じるタンパク質を持っていたり排泄時に南北に体の向きを合わせる傾向がみられるなど、もれなく体内コンパスが備わっていると考えられています。さらに先日『eLife』に発表された研究によれば、犬は見知らぬ場所でも磁場を使ってより効率的に移動している可能性があるというのです。研究を主導したのは犬の排泄時の方向を突き止めたチェコ生命科学大学の研究者。犬が磁場感知能力をナビゲーションに使っているのかどうかを明らかにするため、アメリカのバリー大学とバージニア工科大学と研究チームを作り実験を行いました。

実験は森の中で行われました。飼い主と一緒に見知らぬ森に入った犬は、GPSセンサーと小型のビデオカメラを装着して特定のあるポイントで放たれました。動物のにおいを求めて森の奥へと入っていった犬を、飼い主は放したポイントで待機していました。研究者らは、犬が自分の通った道のにおいを辿って飼い主のもとに戻るのか(トラッキング)、もしくは新しい道を探して戻るのか(スカウティング)、いずれかであると仮定します。仮に犬がトラッキングをすれば、その方法は確実ではあるものの時間がかかる恐れがあります。一方で、犬がスカウティングをすれば近道をして時間短縮の可能性があります。しかしその場合はナビゲーション能力が必要であり、かつ、失敗する恐れも出てきます。

[image from eLife fig2]トラッキング(Tracking)、スカウティング(Scouting)、またはそれらの組み合わせ(Conbination)の例。白い線は犬の軌跡、白い点線はトライアルをしていないときに犬がたどった軌跡、水色の線は飼い主の軌跡。黄色い丸は犬が放たれ戻ってくるポイント、赤い丸は犬が引き返してくるポイント。

南北に沿った走りがカギ?

研究者らは10犬種27頭の狩猟系犬において、62箇所合計で672回のトライアルを行いました。参加した犬のうち20頭はダックスフンド(ミニチュア、スタンダード)でした。実験では犬にナビゲーションとなる手がかりを与えないようにするために、毎回一度も行ったことのない場所で行われました。

その結果、犬たちは、399ケース(59.4%)でトラッキング戦略を、223ケース(33.2%)でスカウティング戦略をとっていました。50のケース(8%)では両方の戦略が組み合わされていました。スカウティングの方がより走るスピードが速く、背の高い犬ほどスピードが速いことがわかりました。

また、犬のナビゲーション能力を解析するため、研究者らは223ケースに焦点を絞って解析を行いました。するとその中の多くで実際飼い主が待っている方向に関係なく、スタート地点に戻る前に、南北の磁場軸に沿っておよそ20メートルほどの距離を走行してからスカウティングを開始していることがわかりました。さらに、そのような走行をした場合、しなかったときと比べて飼い主のところへよりダイレクトに戻れていた傾向があり、効率が大幅に向上していたことが示されました。

スカウティングに入る前の犬の動き。犬は一旦停止し(Turning point)その後、南北に沿って走り(Compass run)、スカウティング戦略へとうつる様子が見られます。

さらに、犬の性別や風向きや強さ、太陽の位置などが影響している可能性も排除されたことから、研究者らは、犬のターニングポイントにおける南北に沿った走りが見知らぬ場所でも戻るべき場所を見つける助けをしている可能性があるのを示唆している、つまり、犬は地球の磁場をナビゲーションとして使用していたことを裏付けるものとしています。

遠く離れた見知らぬ場所から犬が自力で家に帰ることができたというようなニュースを見かけることがありますが、それは決して奇跡ではなく、磁場を使って移動できているからに他ならないのかもしれません。そして、帰巣本能や磁場感知は多くの動物に備わっている能力であり、動物界では決して驚くようなことではないのかもしれませんよね。人にも磁場を感じる能力は残っていたようですが、それを利用する力を失ってしまったため、そんな動物たちの能力を特殊なものと感じるのだと思うのです。

【参考文献】

Magnetic alignment enhances homing efficiency of hunting dogs, eLife (2020).

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