文:尾形聡子
[photo by amberjean]
たとえば散歩中。道の向こうから小さな子どもと母親が近づいてくることがあります。まだ犬という生き物をあまり理解していない幼児ならば、“これは何?近づいて大丈夫?”と母親の表情をうかがうことがあるでしょう。そんなとき、母親が“かわいいワンワンだねえ”などとニッコリしながら話しかければ、その子どもは安心して犬とすれ違うことができたりするものです。
社会的参照とは?
子どもは成長していく過程で、見知らぬ物事に遭遇してその対応に迷ったとき、親やごく近しい人の表情や雰囲気などの感情情報を手がかりとして自分の取る行動を決めます。この行動決定の過程は“社会的参照(Social referencing)”と呼ばれ、社会性を培っていくうえで必要とされる能力です。
社会的参照は2つの行動パターンから成り立っています。まず、新奇の物事と社会的パートナー(親など)とを見比べ、参照できる情報がないか探ります。つづいて社会的パートナーが見せる感情的な手がかりに基づいて行動します。自己判断ができないため、親などから肯定的な感情を読み取れば肯定的に、否定的な感情を読み取れば否定的に行動を取るといったものです。
人の子どもの場合、社会的参照は1歳前後からみられる現象として知られています。生まれてからまもなくの間は自分と養育者の2者関係しかありません。しかし成長するにつれ、自分と他者(養育者)、対象の3つの関係性を認識できるようになっていきます。社会的参照は、そうして初めて成立する能力です。
対象物との遭遇が初めてならば、さまざまな経験を積んだ大人にも社会的参照は起こりうることです。見たこともないような奇妙な物体が突然目の前に現れたとします。一緒にいた友達がそれに対して恐怖の反応を示したならば、まずは自分もその物体を回避する行動をとるでしょう。いきなり近づいたり触ってみたりしようとは思わないはずです。このように、社会性のある生物は他者からの感情情報を参照して自分の行動を決めることが往々にしてあります。
では犬の場合はどうでしょう。人間での関係性に当てはめれば、子どもと親は犬と飼い主のそれと近いものとなりますが、