文と写真:尾形聡子
パピーコートをトリミングする前のタロウ。それなりに毛の癖は出ているが、まだまだウェービーな感じ。
ひと昔、いや、ふた昔前には、トリミングを必要とする犬種はそれほど多くなかったように思う。私の幼少期の記憶では、ヨークシャー・テリアやマルチーズ、シー・ズーなどのいわゆる小型の愛玩犬くらいのものだったはずだ。それが今やさまざまな犬種が飼われるようになり、日常的にトリミングが不可欠の犬が増えている。長年不動の人気を誇っているプードルやミニチュア・シュナウザー、テリア系犬種など、基本的に毛が伸び続けたり、プラッキングなどの被毛ケアが必要とされる犬たちだ。さらには、普段はトリミングを必要としない犬でも、夏場にはサマーカットをしている姿をよく見かけるようになった。
脱パピーコート
タロウとハナはスパニッシュ・ウォーター・ドッグ(SWD)という犬種で、名前にあるようにスペインが原産の犬だ。どんな犬種なのかは追い追いお話ししていくとして、SWDはもれなくトリミングが必要な、シングルコートの巻き毛犬種である。プードルと同じく、フランス原産のバルべからその巻き毛遺伝子を受け継いだと考えられているが、一番の親戚筋はポーチュギーズ・ウォーター・ドッグ(PWD)になる。
しかしSWDは、バルベよりもプードルよりも(コーデッド・プードルは除いて)、そして一番近縁とされるPWDよりも、はるかに毛の癖が強い。伸びてくると毛が自然によられていき、いわゆるドレッドヘアのようにして毛束をつくり縄状に伸びていく。ひとつひとつの毛束はコード(cord)という。コードこそがSWDの被毛の魅力であるため、コードがばらばらになってしまうブラッシングは厳禁、コードどうしが絡まるのを防ぐには、泳ぐのが一番。水好き犬種としては、なんとも理にかなっている。
そんなSWDも最初はパピーコート。ふわふわとした毛はコードを作ることはない。成犬の伸びた毛は数ミリのバリカンで丸刈りするのだが、パピーコートの時はハサミで対応できる。生後半年過ぎてから、初めてタロハナをトリミングに連れて行った。
ハナより3ヶ月ほど誕生日の早いタロウを、一足先にトリミングに連れていき、その数ヶ月後にハナもサッパリしてもらった。その時は何も起こらなかった、そう、大変な目にあったのはタロウの2度目のトリミング後だった。
最初のトリミング後のタロウ。短くはなったものの、豹変とまではいっていない。
2度目の丸刈りで・・・
パピーコートから大人の毛になり、一丁前にコードができてきた。とは言え、SWDはプーリーのように床につくほどまでには毛を伸ばさないのが一般的だ。長くなっていた毛を、さて丸刈りをしてもらおうかとトリミングサロンを探すも、“丸刈り?羊のように?”と怪訝な反応ばかりが返ってきた。なんとか一軒丸刈りをしてくれる店を見つけたものの、やはり微妙に嫌がられているのを感じた。これは想像でしかないが、トリマーとして、あまりに単純な丸刈りはトリマー魂をくすぐられないからかもしれない。私が自分でトリミングをするようになった小さな理由のひとつがこれである。しかし最大の理由は他にあった。
犬生2度目のトリミングが終わり、丸刈りになってウキウキと家に入ってきたタロウを見たハナは一瞬凍りつき、怯え、タロウに向かって吠えたてたのだ。すっかり毛が短くなり、嗅ぎ慣れないシャンプーの香りをふんだんに漂わせていたタロウのことを、すぐにはタロウだと認識できなかったのである。ハナがタロウをタロウと認識していた見た目も、そして匂いもほとんどなくなっていたのだろう。その後、タロウとハナの距離は1週間ほど縮まらず、ようやく近づくようになってからも1ヶ月ほどはなんとなく他人行儀な雰囲気を残していた。
最初のトリミングの時は大丈夫だったのに・・・涙
歳の頃のせいもあっただろう。最初にトリミングをしたときはまだ若く、自己認識がきちんとされていなかったのが、2回目のトリミングは1歳も過ぎて自己認識がしっかりされた後だったのではないかと思う。犬は匂いで自己認識している研究が発表されたばかりで、犬がいつから自己認識できるようになるのかは、まだ科学的には分かっていない。私はこの一件で、犬が自己認識できるようになるのは、思春期のあたりなのではないかと勝手に思っている。自分の姿を自分で認識するのと同時に、他の犬の姿もその犬として認識するようになる。基本は鼻を使うとしても、やはり目も使っている。しかし、まだ犬生経験の浅かったハナは、タロウの豹変した姿、そしてタロウ臭がふんだんに付いていた毛もなくなり混乱してしまい、すぐにタロウと確信することができなかったのだろう。
時間はかかったが、タロハナの仲が修復できたからよかったものの、この一件でトリミングは自分でやろうと決意するに至ったのだ。
・・・後編につづく
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