恍惚の瞬間、におい付け

文と写真:尾形聡子

におい付け大会なるものがあれば(その頻度のみならず恍惚度も重要)ハナは必ず入賞するだろう。それほどスリスリと体ににおい付けをするのが、彼女の趣味である。本能的な行動から趣味の域に達し、もはやにおいフェチだと公言しても決して過言ではないと思うし、それには本犬も大いに納得するはずだ。一方で、同じ犬種のタロウは13年の犬生のうち、スリスリしたのは数える程しかない。

ハナのにおいフェチに気づき始めたのは、まだ数歳の頃だったろうか。その時にはよくある靴下や下着へのスリスリはすでにクリアしていた。あまりにも留守番が苦手だったハナのストレスを少しでも解消しようと、アロマディフューザーを買い、どの香りが好きかと色々試していたところ、香りが床に落ちてくるところに行ってはひっくり返ってスリスリするようになった。確かにそれまでに、シャンプーしたての私の髪の毛にまとわりついてくることが日常にもなっていた。

犬がにおい付けをするのは、カモフラージュやマーキング的な本能行動として知られている。ハナの様子を見ていると、前者のカモフラージュ行為がどんどん進化して行ったように思う。

実際にハナがスリスリのターゲットとしているのは大きく3つに分類できる。

  1. 人のにおいがついたもの、アロマなどの香り
  2. 昆虫などの死骸や生き物の糞
  3. 雑草などの植物

最初は1から始まり、次に2もスリスリ対象に加わるようになり、そして3へとステップアップしていった。

道に手袋やハンカチが落ちていれば、突然パタリと倒れてスリスリ。毎日のように通う墓地ではミミズの死骸や猫のウンチを探し出してはスリスリ(これは飼い主泣かせ。なぜか犬のウンチにはしない)。そしてハナが最後に知ってしまった、最も恍惚度の高いものが植物である(と思う)。

植物の中でも基本的にターゲットとなるのは2種類で、ドクダミといわゆる雑草のスズメガヤである。春先のドクダミから夏にかけてのスズメガヤシーズンは、ほぼ毎日スリスリに精を出している。

滅多にスリスリしないタロウも、最初にハナがスズメガヤにスリスリし始めた時にはつられて数回やっていた。このシンクロしている連続写真は奇跡的に撮れたと思っている。

最初こそ、におい付け行動に戸惑いはあった(猫のウンチにもするので・・・)。けれど、あまりにも毎回恍惚の様子を見せるものだから、ある時から基本的にスリスリOKにすることにした。においをキャッチする様子を見ても、スリスリする様子を見ても、どうにもやめさせようという気持ちになれなかったのである。スリスリに夢中になりすぎて、立ち上がったときには必ず方向感覚を失っているほどだ。

とはいえやはり猫のウンチには困る。しかしスリスリOKにしてからというもの、私の方ではハナの行動をより観察するようになり、においキャッチの瞬間や、それが猫のウンチであるかどうかもだいぶわかるようになってきた。昔、猫のウンチにスリスリしたとき私が相当機嫌を悪くしたことがあるのを覚えているのか、ハナのちょっとしたところに行動の違いが出ているのかもしれない。

恍惚を求めるハナと、猫のウンチにだけはスリスリしないで欲しいという私の強い願いとのせめぎ合いの中で、今では猫のウンチにスリスリするのをかなりの確率で止められるようにもなった。ダメ!という言葉がハナに届くようになったのだ。

スリスリすることがハナにとって、どれだけの満足感をもたらすのか。

犬は匂いの世界の生き物だ。スリスリは汚れるから嫌がる人が多いだろうことは容易に想像がつく。けれど、当のハナはスリスリできれば幸せで、私はひょんなところからハナと双方向にコミュニケーションをとる力を少しつけられたと思っている。こういうことが、一緒に生活をしていくということなんじゃないかなあとも思う。たかがスリスリかもしれないが、ハナと私にとっては、されどスリスリなのだ。