文と写真:藤田りか子
「コンタクト」に相当する日本語は?
これまで何度か北欧からドッグトレーナーを日本に紹介したことがある。紹介したからには、書いたものの翻訳はするし、喋れば通訳もする。ただし、日本と北欧の橋渡しをするという役目を担う私には、外国語を日本語に置き換える際に少し悩みがある。
日本語にするのに一番難しい概念の一つが、実は「コンタクト」と日本で名付けられている犬世界用語だ。というか、この言葉、そもそも犬世界でも公式の用語なのだろうか?スウェーデン語では、一言で表現している素晴らしい言葉があって、コンタクトじゃなくて、私の造英語でいうとFollowingness。つまり、いかに犬が飼い主についてこようとするか、という意味。これはただ犬が物理的に飼い主の横を歩く、というのではなく、心理的にも人間と繋がっていることを示す。Followingnessが犬と飼い主の間に出来上がって、初めて良き関係が出来上がる。
ただし、この関係を「コンタクト」という言葉で置き換えてしまうと、単なるアイ・コンタクトとしてしか解釈されなくなってしまう危険もある。だから、どうしても「これぞ!」と言い当ててくれる日本語が欲しいところだ。
あるいは、「連絡」という言い方をする人もいる。ただし、今時の人、こんな言葉の使い方を知らないだろう….。(みなさんはどう思われます?)。「連絡」というのは、猟関係の言葉であったと記憶する。今手元にある昭和32年に出版された「猟犬銃猟射撃辞典 (誠文堂新光社)」をめくってみると、確かにこの言葉が以下のような文脈で使われている。
「…犬が独立的に行動し、猟者は総てに犬を放任してそれにひたすら追従するもの、という風に受け取れるかもしれない。しかし事実はそうではない。以上の搜索動作は、始終、犬が猟者の所在を意識し、常に連絡意識を持って、それを行わねばならぬのである」 誠文堂新光社、小川菊松編 猟犬銃猟射撃辞典より
Photo: Renee.V
おお、なんという素晴らしい一文ではないか!日本人は犬の扱い方を知らない、などというなかれ。当時(1950年代終わり)、狩猟を行っていた人は、「コンタクト」についての概念をすでに持って、犬と接していた。この文の著者である「竹本恭太郎」さんという方は、ポインターといった鳥猟犬のトレーニングを示す章の中で以上を語っている。
それにしても、なぜ、昭和の頃から既に培われていた狩猟関係の方の犬知識が、日本の犬世界一般に流布しなかったのだろう!かつての知識が無駄にされているではないか(ただし、当時の知識全てが良しとは言わない。スパイクチェーンの使用などを勧めているくだりもあるから、やはり時代の流れを感じさせる)
話はすっかり逸れてしまったが、日本にすでにあった概念(戦後に輸入されていたのかもしれないが)ですら、今という時代まであまり使われなかったがために、犬用語翻訳者泣かせとなる。
「社会化」って言葉で、意味ピンとくる?
もう一つの概念を伝えにくい外国の用語は、例えば「Socialization」、日本語ではそのまま直訳して社会化。犬のことをちょっとでもかじっていれば、まだわかるものの、
「子犬には社会化が大事です」
と、初めて犬を飼った人がこれを聞いて、いったいどこまで意味を理解することができるのだろうか。それもすごく大事なことが含められている言葉なのだが…。もっとマシな日本語がないの?!
英語ではsocialization、スウェーデン語ではsocialisering、と、ほぼ似ていて、英語圏の人も、北欧の人も、この意味するところをすぐにキャッチすることができる。この言葉を海外のトレーナーの言葉から聞いたとき、あるいは翻訳すべき文章に見つけたときに、そのまま日本語で「社会化」と表現するのが、いつもはばかられる。日本語では、もっと説明が必要になりそうだ。社会化というのは、犬が人なり他の犬なりに、怖がったりせずに、やりくりできる気持ちの「馴れ」を作ることである。これは必ずしも、会う人、会う犬と交流することを意味するとは限らない。処世術と言うと、少しニュアンスが行き過ぎてしまう観があるが、この世(=社会)を、不安感を感じることなく、なんとかやっていける術を身につけること。
しかし嘆いてばかりいないで、ここは一つ、犬の初心者の方といえど、これら不可思議な言葉を専門用語として学んでもらうしかないのだろうか。もっともコンピューターの世界なんて、不可思議な外来語に溢れている。アプリやらSNS、スレッドだの…。その元となった言葉をどれだけの人がアルファベットできちんとスペルを綴れるか。それでも世間では皆理解をして使っている。
脳トレ!
私が10年前に、訳するのにとても苦労した言葉 menntal activity(メンタル・アクティビティ)、これも犬世界では大事な概念で、単なる散歩という身体的運動とは対照的に使われる言葉だ。どう日本語に置き換えたらいいものか、と、英語のままカタカナ記載で使ったこともあるし、精神的に刺激を与える、とも意訳したものだ。ところが最近!誰かが「脳トレ」と言い出した!脳へのトレーニンング。なんて素敵な言葉を作ってくれたんだろう。感謝!必ずしも毎回、翻訳に当てはまるわけではないけれど、早速私はこの言葉をありがたく使わせていただいている。
というわけで、いつか自分でも日本語でドンピシャ!となる犬専門用語を一つ世間に送り出したいものです!
(本記事はdog actuallyにて2016年5月25日に初出したものを一部修正して公開しています)
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