オスであるということ

文と写真:アルシャー京子

オスである以上、他のオスとの関係は気になるもの。少しでも自分を強く大きく見せるため、自分の得意な技を使って立ち向かうなんて、いいじゃないか。未去勢のオス犬にはなかなか「草食系男子」なんていないのだ。

「メスは気分屋だけど状況に適応しやすく、オスはどちらかというとその状況での順位付けが気になる」「メスは性格が穏やかで、オスは攻撃性が強い」

果たしてこれは当たりか、それともただの先入観か?

一般に言われるこのような話は飼い主の経験を通しての言葉だから、これらを集めることで少なからず傾向が示されることにはなるだろう。でも、「必ずしも」ではないし、それでもやはりオスとメスには行動の差はある。この微妙な「性別の差」のニュアンス、「女の子は感情的で涙もろく、男の子のように理論的に考えることが出来ない」というのにも似ている。犬の心理もきっちりと一線を引くことが出来るほど簡単ではない。しかも、犬種によっても雌雄の行動の差に大小がある。

オスが若い時期に自由さを求めるのは「オスになる」チャンスを得るためであり、そのすべてがオスとしての修行である。オスが力で自分の強さを示そうとするのは生物学的に備わった自然行動のうち、決して後天的に学んだ「悪い行動」ではない。オスとして通るべき自然のプロセスなのだ。

オスは自分のボジションがとかく気になる。ポジションが不安定なオスはなにかにつけ上位を狙いたがり、しかし犬同士を常にポジション争いさせておくと大きな衝突も起こりやすくなるから、その限界を決めるのが飼い主であれば理想的。その際、オスにとって大事な「無条件の愛情」と「明確な境界線」そして「他と異なることへの理解」を持って、飼い主は「リーダーシップ」を発揮したいものだ。

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