人の靴底の方が犬の足裏よりもバイキンが多かったという話

文:尾形聡子


[photo from wikimedia]

身体障害者補助犬法が施行されたのは2002年のこと。身体障害者補助犬法(以下補助犬法)は、体の不自由な人の自立と社会参加を促進するために、お店や病院など不特定多数の人が利用する施設で障害のある人のパートナーである盲導犬、介助犬、聴導犬の同伴受け入れを義務づける法律です。しかし、施行から20年ほど経とうとしているというのに、いまだ補助犬の同伴拒否が後を絶たないようです。

昨年発表されたアイメイト協会の調査では、盲導犬ユーザーの62%が同伴入店を拒否されたという結果が出されています。同じく昨年の全国盲導犬施設連合会の調査でも、ユーザーの52%に拒否経験があり、そのうち7割以上が複数回拒否されていると回答していたそうです。もっとも多かった場所は飲食店、ついで病院、公共交通機関でした(以下リンク記事参照)。

盲導犬拒否 52%が経験、飲食店や病院などで:初の全国調査で判明
視覚障害者の約半数が盲導犬の同伴を理由に店舗や病院などの利用を拒否された経験があることが、全国盲導犬施設連合会の調査で分かった。障害のある人の生活を支える補助犬の受け入れは法律で義務付けられているが、理解が浸透していない実態が浮かび上がった。

このような調査はいろいろなところで行われている模様ですが、そこに書かれている拒否理由を見ると「犬が苦手」「犬アレルギーの人に迷惑がかかる」「以前トラブルがあった」「前例がない」「犬がいるスペースがない」などが挙げられています。

法律が施行され、さらには「ほじょ犬マーク」のステッカーなどが貼られている店こそあちこちで見かけるようになったものの、残念ながらこれが補助犬に対する社会の受け入れの現状です。いろんな面でことなきを得たいという考えがこのような拒否行動に出るのか、それとも単に補助犬や法律に関する知識がないからなのかどうなのか…はたしてその真意は定かではありませんが、これは決して日本だけに起きている出来事ではないようです。法律で公共の場所への補助犬同伴をウェルカムと定めているオランダでも、2019年の調査によればユーザーの40%が過去1年間に同伴拒否を経験しているそうなのです。

そこで、オランダのユトレヒト大学の研究者らは、拒否理由によく挙げられる「衛生上の問題」に関して、過去の研究調査の結果を受けてさらに現状を追究しようとします。犬の方が人よりも不衛生で、人に健康被害を及ぼす存在と簡単に片付けてしまっていいものなのでしょうか?もしそれが本当であれば、法律を遵守するためには補助犬同伴による室内などの環境汚染への対策がとられるべきだからです。


[photo from wikimedia] 聴導犬。

これまでの研究

一般的に衛生状態の指標とされているものに、さまざまな感染症を引き起こす原因になる、皆さんもよくご存知の大腸菌(Enterobacteriaceae)があります。また、院内感染ニュースでたびたび目にするメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)やバンコマイシン耐性腸球菌(VRE)などの細菌については、犬からはほとんど検出されないことがわかっています。がしかし、院内感染での下痢を引き起こす細菌にクロストリジウム・ディフィシル(Clostridium difficile)については、それらの細菌に比べて犬から検出されることがわかっています。クロストリジウム・ディフィシルについて調べた2018年のスロベニアの研究では、実際に犬の足裏からも検出されていました。ただし、犬の足裏よりも人の靴底やスリッパの裏から多く検出されていました。

また同年のオランダのユトレヒト大学の研究では、犬の被毛から大腸菌などの腸内細菌科菌群が検出されたのは20頭中1頭だけで、足裏に比べて有意に少ないことがわかっています。さらに、犬のベッドから採取したサンプルからノミが検出されたのは7%で、ダニや回虫については検出されませんでした。この結果は、病院の診察など短時間で済むものであれば、犬の被毛から人が受ける健康被害の可能性は比較的低いことを示唆するものです。

これまでに、このような研究はほとんど行われていないため、ユトレヒト大学の研究者らはこれらの研究をもとに、補助犬とユーザーの足裏と靴裏、そして比較対照として一般の家庭犬とその飼い主に対しても、大腸菌とクロストリジウム・ディフィシルの保菌状態を調べるパイロットスタディ(予備研究)を行い、結果を「International Journal of Environmental Research and Public Health」に発表しました。

犬の足裏の衛生状態は、補助犬を拒否する理由にはならない

今回の研究はパイロットスタディなので、2018年の研究と比べると対象数は少ないですが、補助犬25頭とそのユーザー25人、家庭犬25頭とその飼い主25人が対象とされました。靴底あるいは足裏からのサンプリングの前に、各組は15〜30分の散歩をしました。サンプルの解析対象は、先に述べました大腸菌とクロストリジウム・ディフィシルです。さらに、ユーザーと飼い主はアンケート調査で、犬のワクチンやノミダニ予防ケアなどに関する一般的な内容と、ユーザーの方へは公共の場や病院への受け入れ拒否経験についても尋ねられました。

その結果、大腸菌の検出が陰性(検査の反応がなかった)だったのは、全体で犬の足裏72%、人の靴底42%で、犬の方が菌を持っている割合が少ないことが示されました。補助犬か家庭犬か、またはユーザーか飼い主であるかの違いはみられませんでした。また、細菌数においても犬の方が有意に少なく、盲導犬&ユーザー、家庭犬&飼い主いずれにおいても同様の数値を示しました。もう一つの検査対象、クロストリジウム・ディフィシルについては犬からはまったく検出されず、ひとりの補助犬ユーザーから検出されただけでした。

さらにアンケート調査からは補助犬ユーザーの81%、およそ5人に4人が現在の補助犬において1回または複数回、補助犬の同伴拒否をされた経験があり、その主たる理由は衛生面とされていたこともわかりました。細かく見ると車椅子ユーザーまたは目の不自由な方は100%拒否経験があるのに対して、車椅子を利用していない、または目が不自由でない人は、それぞれ75%、70%の拒否経験となっていました。

この研究から、犬の足裏は補助犬・家庭犬にかかわらず一般的に人の靴底よりも衛生状態がいいことが示され、かつ、オランダの病院における補助犬利用者の来院は患者全体の0.02%と推定されました。研究者らは犬が足裏につけて運んでくる可能性のある細菌に対する衛生対策は、短時間の診療ですむ病院においては必要ないと結論しています。


[photo from wikimedia] 日本にて。

ペット同伴入院・ペット連れ面会の可能性の検討材料に

日本だけでなく、法律的に補助犬の同伴が許可されているのに同伴を拒否されることが日常的に起きている国がまだほかにもあるかもしれません。法律が制定されているにもかかわらず、海外でもそのような事例があるからと、“仕方がない”で済ませていいことでは決してないと思います。さらに、社会が成熟していない国だと判断されてしまう可能性も否定できません。そもそも、何のための法律なのでしょうか。法律の主旨の違いこそあれ、“何のための法律なのか”という点では、補助犬法の現状は動物愛護法のそれと共通した問題があるように思えてなりません。

また、先日のサニーカミヤさんの記事に書かれていましたが、ゆくゆくはペット連れ面会や同伴入院ができるようになるくらいの受け入れ体制ができていくことを願っています。考えられる問題を一つずつ解決していくためにも、このような海外の研究を参考にして、犬の衛生面での人への悪影響の可能性については改めて検討してもらいたいと思います。それこそ、このような研究こそどんどんニュースにして流し、補助犬の同伴拒否が少しでも減るように、社会全体に働きかけていくことが大切ではないかと思うのです。

【参考文献】

A Pilot Study on the Contamination of Assistance Dogs’ Paws and Their Users’ Shoe Soles in Relation to Admittance to Hospitals and (In)Visible Disability. Int J Environ Res Public Health. 2021 Jan 10;18(2):513.

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