日本の災害現場では消防士がペットを救命処置できない〜立ちはだかる法律の壁(後編)

文:サニーカミヤ


[photo by Chris Martin]

さまざまな法律的課題

後編では、現在考えられる法律的課題について、法律ごとに論点を整理してみた。日本の現状については以下の前編を参照されたい。

日本の災害現場では消防士がペットを救命処置できない〜立ちはだかる法律の壁(前編)
文:サニーカミヤ 不十分な災害時の動物への対応 オーストラリアで2019年後半から2020年にかけて発生した大規模森林火災。コアラやカンガルーなどの…【続きを読む】

1. 獣医師法上の課題

獣医師でない者が動物の診療を業務として行うことは法律上禁止されている(獣医師法17条)。

ただ、消防士や自衛隊などの災害救助関係機関の隊員が、災害現場で動物の救命救急行為をすることは、「診療」を「業務」として行うことには該当しないのではないだろうか?

診療とは「診察と治療」、業務とは「毎日継続して行う仕事」である。消防士は毎日、違う現場で、それぞれの命に対して必要な救命救急処置を行っており、診療報酬を求めた業務としては行ってはいない。

獣医師法
(飼育動物診療業務の制限)
第17条 獣医師でなければ、飼育動物(牛、馬、めん羊、山羊、豚、犬、猫、鶏、うずらその他獣医師が診療を行う必要があるものとして政令で定めるものに限る。)の診療を業務としてはならない。
(罰則)
第27条 次の各号の一に該当する者は、2年以下の懲役若しくは100万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
第17条の規定に違反して獣医師でなくて飼育動物の診療を業務とした者

現時点では、飼育動物(牛・馬・豚・めん羊・山羊・犬・猫・鶏・うずら・その他獣医師が診察を行う必要があるものとして政令で定めるものに限る)以外の下記の小動物は、消防士が現場で救命救急処置を合法的に行えると解釈されるという意見がある。

ウサギ〈ウサギ目ウサギ科〉
ハムスター〈げっ歯目ネズミ科〉
マウス〈げっ歯目ネズミ科〉
スナネズミ(ジャービル)〈げっ歯目ネズミ科〉
モルモット〈げっ歯目テンジクネズミ科〉
チンチラ〈げっ歯目チンチラ科〉
シマリス〈げっ歯目リス科〉
プレーリードッグ〈げっ歯目リス科〉
モモンガ〈げっ歯目リス科〉
ハリネズミ〈食虫目ハリネズミ科〉
フェレット〈食肉目イタチ科〉
スカンク〈食肉目イタチ科〉
アライグマ〈食肉目アライグマ科〉
フェネックギツネ〈食肉目イヌ科〉
ワラビー〈有袋目カンガルー科〉
ポッサム(フクロギツネ)〈有袋目クスクス科〉
サル〈リスザル:霊長目オマキザル科、マーモセット:霊長目キヌザル科〉

2. 刑法上の課題

動物の飼い主の承諾を得ないで動物の診療を行った結果、動物が死亡した場合、器物損壊罪が成立する可能性がある(刑法261条)。

しかし瀕死の状態にある家庭動物に対して、飼い主の承諾がなくても緊急に措置しなければならないことがある。

その場合に不幸にも力を尽くしたにもかかわらず、当該家庭動物が死亡し、刑事罰を科される恐れがあるといって、現場で瀕死の状態の家庭動物を消防士や自衛隊員が何の救命救急処置を行わず命を見捨ててしまうのは、動物愛護の観点からいかがなものだろうか?

裁判になったとしても、その行為が動画などに記録されていれば、明らかに正当防衛に該当する可能性が高いと思う。

刑法
(器物損壊等)
第261条 前3条に規定するもののほか、他人の物を損壊し、又は傷害した者は、3年以下の懲役又は30万円以下の罰金若しくは科料に処する。

3. 国家賠償法上の課題

動物の救急措置において、前記2と同じく力を尽くしたにもかかわらず不幸にも動物が死亡した場合、消防士は公務員であるため所属先の自治体などに対し、飼い主から国家賠償訴訟を提起される可能性がある。

これも、十分な動物の救命救急法を習得し、訓練を行っていれば重大な過失が起こる可能性は低い。また日本の法律上、家庭動物は「財産」としているため、火災現場で飼い主と同じくペット(家庭動物)を助けることは、消防法第1条の「国民の財産を火災から保護する」という目的を果たすことになる。

消防法
(目的)
第1条 この法律は、火災を予防し、警戒し及び鎮圧し、国民の生命、身体及び財産を火災から保護するとともに、火災又は地震等の災害による被害を軽減するほか、災害等による傷病者の搬送を適切に行い、もつて安寧秩序を保持し、社会公共の福祉の増進に資することを目的とする。
国家賠償法
(公権力の行使に当る公務員の加害行為に基く損害賠償責任・その公務員に対する求償権)
第1条 国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。
2 前項の場合において、公務員に故意又は重大な過失があつたときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償権を有する。

4. 消防法・消防組織法上の課題

動物への救急措置については明文規定はない。しかし、消防法・消防組織法上、動物への救急措置を根拠づけ得る規定がいくつかあるため、これらの規定に含めて考えることができると思う。

消防法
(消防対象物及びその所在土地の使用、処分又は使用制限及び火災現場にある者に対する消防作業従事命令)
第29条 消防吏員又は消防団員は、消火若しくは延焼の防止又は人命の救助のために必要があるときは、火災が発生せんとし、又は発生した消防対象物及びこれらのものの在る土地を使用し、処分し又はその使用を制限することができる。
消防組織法
(消防の任務)
第1条 消防は、その施設及び人員を活用して、国民の生命、身体及び財産を火災から保護するとともに、水火災又は地震等の災害を防除し、及びこれらの災害による被害を軽減するほか、災害等による傷病者の搬送を適切に行うことを任務とする。※家庭動物は「財産」に該当する。


[photo by Frans Brewis]

法整備以外の取り組み推進も

家庭動物の救命救急の実現に向けては、法整備だけでなく、それぞれの関係団体で、さまざまな改善努力も必要だ。以下のような項目があると考えられる。

1. 消防側の改善努力項目

① 家庭動物の救出・救助救命救急措置に関するスキルの向上
② 災害発生前、定期的に動物への救急措置に関して訓練するシステムの構築
③ 災害発生時、現場において通信手段を用いて獣医師と連携するシステムの構築
④ 災害発生後、さらに治療の必要な動物を円滑に獣医師に引き渡すシステムの構築
⑤ 災害現場において適切な救急措置ができていることに関する証拠の確保(消防活動レコーダー映像など)システムの構築
⑥ 災害現場で現在行われている消防士による動物の救急措置の実態把握(消防白書にはないが各消防本部のその他、ほ乳類の救助、アニマルレスキューなどである程度は把握できる)

2. 獣医師会側の改善努力項目

① 消防士の災害現場における動物への救急措置と獣医師法の関係について会内の意思統一、会としての公式見解の発出、協定書の締結
② 動物の救急措置に関するマニュアル、手順書などの提供
③ 動物の救急措置に関する教育訓練についての獣医師の関与
④ 災害時に消防士と連携して動物の救急措置を行うシステムの構築

3. その他の改善努力項目

① 環境省、総務省消防庁等関係省庁による「通常災害(火災や交通事故など)と自然災害時における被災動物(犬および猫などの小動物)の救命救急処置に関する在り方検討会」を開催
② 各専門家(環境省、総務省消防庁宇、獣医学、防災、法学)によって構成される協議会の設立
③ ①の協議会による啓発活動、社会への提言、議員会館でのシンポジウムの開催、政府・国会議員へのロビー活動など
④ グレーゾーン解消制度(経済産業省提供)への申請
⑤ 家庭動物の救出救助、救命救急措置のスキルに対する資格認定制度の創設など

災害関係機関が動物救護を行うための根拠法令

日常災害である火災建物からの飼い主と動物の救助、または、動物のみの救助、自然災害による被災地における飼い主と動物の救助、または、動物のみの救助も行わなければ、動物愛護管理法の第44条第3項に規定される「遺棄」に該当し、百万円以下の罰金に処するとされている。(参考:環境省自然環境局総務課長からの通知

もちろん、災害関係機関等(消防、警察、海上保安庁、自衛隊等)のヘリコプターの隊員が、飼い主のペット同伴搭乗を拒否し、危険な場所に動物を置いていくことは遺棄に該当する。

ただし、飼い主は機内で動物が暴れたり吠えたり、他の同乗者や関係者に危害を与えないよう、口輪を施したり、ケージに入れるなどの安全配慮が必要になる。以下に環境省からの通知内容を紹介したい。

動物の愛護及び管理に関する法律第 44 条第3項に基づく愛護動物の遺棄の考え方

【基本的な考え方】

動物の愛護及び管理に関する法律(昭和48年法律第105号。以下「法」という。)第44条第3項に規定される「遺棄」とは、同条第4項各号に掲げる愛護動物を移転又は置き去りにして場所的に離隔することにより、当該愛護動物の生命・身体を危険にさらす行為のことと考えられる。

個々の案件について愛護動物の「遺棄」に該当するか否かを判断する際には、離隔された場所の状況、動物の状態、目的等の諸要素を総合的に勘案する必要がある。

【具体的な判断要素】

第1. 離隔された場所の状況

1.飼養されている愛護動物は、一般的には生存のために人間の保護を必要としていることから、移転又は置き去りにされて場所的に離隔された時点では健康な状態にある愛護 動物であっても、離隔された場所の状況に関わらず、その後、飢え、疲労、交通事故等 により生命・身体に対する危険に直面するおそれがあると考えられる。

2.人間の保護を受けずに生存できる愛護動物(野良犬、野良猫、飼養されている野生生物 種等)であっても、離隔された場所の状況によっては、生命・身体に対する危険に直面するおそれがあると考えられる。

これに該当する場所の状況の例としては、

  •  生存に必要な餌や水を得ることが難しい場合
  •  厳しい気象(寒暖、風雨等)にさらされるおそれがある場合・事故(交通事故、転落事故等)に遭うおそれがある場合
  •  野生生物に捕食されるおそれがある場合

等が考えられる。

なお、仮に第三者による保護が期待される場所に離隔された場合であっても、必ずしも第三者に保護されるとは限らないことから、離隔された場所が上記の例のような状況の場合、生命・身体に対する危険に直面するおそれがあると考えられる。

第2. 動物の状態

生命・身体に対する危険を回避できない又は回避する能力が低いと考えられる状態の愛護動物(自由に行動できない状態にある愛護動物、老齢や幼齢の愛護動物、障害や疾病が ある愛護動物等)が移転又は置き去りにされて場所的に離隔された場合は、離隔された場所の状況に関わらず、生命・身体に対する危険に直面するおそれがあると考えられる。

さらに。

火災現場、災害現場、交通事故、水害などで、負傷した犬猫などの動物を発見した者は速やかに都道府県知事等(動物愛護センターや保健所等)に通報するように努めなければならない。

動物の愛護及び管理に関する法律
第36条 道路、公園、広場その他の公共の場所において、疾病にかかり、若しくは負傷した犬、猫等の動物又は犬、猫等の動物の死体を発見した者は、速やかに、その所有者が判明しているときは所有者に、その所有者が判明しないときは都道府県知事等に通報するように努めなければならない。
2 都道府県等は、前項の規定による通報があつたときは、その動物又はその動物の死体を収容しなければならない。
第44条 (罰則)
3 愛護動物を遺棄した者は、百万円以下の罰金に処する。
4 前三項において「愛護動物」とは、次の各号に掲げる動物をいう。
 一 牛、馬、豚、めん羊、山羊、犬、猫、いえうさぎ、鶏、いえばと及びあひる
 二 前号に掲げるものを除くほか、人が占有している動物で哺乳類、鳥類又は爬虫類に属するもの

***

上記、法的アドバイスについては、法律事務所アイディペンデント 弁護士 南部弘樹先生監修。
法律事務所アイディペンデント

本記事はリスク対策.comにて2020年1月24日に初出したものを一部修正、加筆し、許可を得て転載しています

文:サニー カミヤ
1962年福岡市生まれ。一般社団法人 日本防錆教育訓練センター代表理事。元福岡市消防局でレスキュー隊、国際緊急援助隊、ニューヨーク州救急隊員。消防・防災・テロ等危機管理関係幅広いジャンルで数多くのコンサルティング、講演会、ワークショップなどを行っている。2016年5月に出版された『みんなで防災アクション』は、日本全国の学校図書館、児童図書館、大学図書館などで防災教育の教本として、授業などでも活用されている。また、危機管理とBCPの専門メディア、リスク対策.com では、『ペットライフセーバーズ:助かる命を助けるために』を好評連載中。
◆ペットセーバー(ホームページFacebook