子犬は観察して学ぶ~犬からも、そして人からも(社会的学習)

文:尾形聡子

[photo by Lisa L Wiedmeier]

犬は同種の犬のみならず人の行動も観察し、そこから学ぶことのできる動物です。“先住犬の真似ばっかり!”とか、“私のことを真似しているなあ”などと感じたことがあるのではないでしょうか。

このように、他者の行動を観察してその行動を真似し、体得していくことを “社会的学習(Social learning)”といいます。先日、藤田さんが記事で紹介されていた『ミラー・メソッド』はまさに犬の社会的学習能力を活用したトレーニング方法です。また、行動の学習は見るだけでも行われることがあり、それは観察学習(Observational learning)と呼ばれています。

社会的な集団の中で、自らの行動スキルをより安全に効率的に身につけていくための重要な能力、社会的学習。これまでさまざまな研究により、成犬は他の犬や人間の行動から社会的学習や観察学習をしていることが示されていますが、そのような能力はいったいいつ頃からあらわれてくるものなのでしょうか。

前回、8週齢の子犬が母犬のみならず人も社会的参照の対象としているという研究を紹介しましたが、同じくハンガリーのエトベシュ・ローランド大学の動物行動学研究プロジェクト『Family Dog Project』の研究者らが、8週齢の子犬の社会的学習能力を評価するための実験を行い、結果を『Scientific Reports』に発表しました。

子犬は母犬より見知らぬ犬により注目していた

実験にはボーダー・コリー、シェルティ、ラブラドールミックスなどのさまざまな犬種の8週齢の子犬(7腹、41頭)が参加。その時点ですべての子犬はブリーダーの自宅か施設で母犬とともに生活を送っており、テストはそれぞれの生活場所で行われました。

テストにはオヤツの入った2種類のパズルボックスが使用されました(下の写真参照)。実験エリアに連れてこられた子犬はまず、蓋の開いたパズルボックスの中にあるオヤツのかけらを食べるよう促され、それを4回繰り返して箱とオヤツに関心を向けさせるようにしました。

[photo from Scientific Reports]
使われたパズルボックス。ひとつは蓋を持ち上げて開けるもの、もうひとつは蓋をスライドさせて開けるもの。

その後、あらかじめパズルボックスの開け方を学んだ①母犬もしくは②見知らぬ成犬、または③人がそのボックスを開けてオヤツを食べる姿を子犬に見せます。テストでは6回のデモンストレーションが行われ、それを観察した後、子犬は2分間の蓋開けトライアルに2回(各ボックス1回ずつ)挑戦するというものでした。実験の様子は以下の動画を参照ください。

子犬の社会的学習能力を見る実験の様子。見知らぬ犬、母犬、人の順番で流れます。

まず、母犬もしくは見知らぬ犬いずれかによるデモンストレーションを見た子犬、またはデモをまったく見ていないコントロールの子犬の蓋開けの成功率は、高い方から、見知らぬ犬、母犬、見ていない(コントロール)となりました。

母犬よりも見知らぬ犬のデモを観察した子犬の方が、蓋を開けることに成功していたのは予想外だったと研究者。その理由として、デモを見ている時間が関係するのではないかと考察しています。実際に、トータルのデモ時間のうち子犬が母犬を見ている時間は36%、見知らぬ犬のデモでは57%という長さになっていました。

また、デモ犬が蓋を開けるのはマズルもしくは前足とランダムだったのですが、蓋をあけた子犬はすべてマズルを使っていたそうです。つまり見たままに行動を真似するのではなく自分なりの解決方法によって目的を達成しようとしていたといえます。

次いで、人のデモを見た子犬、もしくはみていない子犬のトライアルが行われました。蓋開け成功率は人のデモを見た子犬で高くなっていたことから、子犬は人の行動を観察していたことが示された結果となりました。

さらに、最初のトライアルの1時間後、今度は子犬に人のデモを見せずにすぐにテストが行われました。その結果、スライド式ボックスの方は成功率が下がっていたものの、持ち上げ式の方ではほとんど成功率が変わっていませんでした。他者の行動を見て学んだ行動がその場限りのものではなく、1時間後でも多くは記憶として残されていることが示唆されました。

8週齢の時点で子犬は人を参照し、人から学習している

今回の実験から、8週齢の子犬は母犬、見知らぬ犬、人すべてを対象に社会的学習をしていること、人のデモ観察後、パズルボックスを開けるという行動を1時間にわたって記憶していたことが示されました。

社会的参照の研究結果とも併せて考えてみると、8週齢で家に子犬がやってきたならば、まったくの新しい環境の中、子犬は家族の人や先住犬を参照して行動を決めたり、観察して学習をし始めているといえます。つまり、飼い主家族の行動は子犬にとって大いに参考にすべき重要なものと認識されている可能性があります。

子犬は人の生活状況やちょっとした言葉もまだ理解していないだろうから、直接子犬とコミュニケーションをとるのでなければ、何をやっても何を見られても影響なし、とは必ずしも言い切れないということです

さらには、その頃に学習したことは長期的に記憶に残る可能性もあります。8週齢といえば犬にとっては社会化期の真っ只中。親兄弟やほかの犬のみならず、人の行動や対応が子犬の後の犬生に大きな影響を残すかもしれないことを忘れてはならないでしょう。

少なくとも8週齢のころから犬は人を社会的パートナーとして認識し、人から学ぶことが安全であると本能的に判断する能力を備えているのはやはり、人と犬との長い共生の歴史の賜物でもあると感じます。そんな犬の生来の能力がこの先失われてしまうことのないよう、大切にしていきたいものですね。

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【参考文献】

Social learning from conspecifics and humans in dog puppies. Scientific Reports. volume 8, Article number: 9257 (2018)

【参考サイト】

Eötvös Loránd University, Ethology news