遺伝性ではない心血管疾患の発症リスクは、夏生まれの犬で高くなる

文:尾形聡子

[photo by David & Nat Perdue]

病気の原因は100%遺伝のものもあれば、100%環境によるものもあります。しかしたいていの病気は遺伝と環境両方の影響を受けて発症し、病気によって遺伝要因が強いものもあれば、逆に環境要因が大きな原因となるものもあります。

人と犬は数多くの同じ病気を発症しますが、犬には犬種によってかかりやすい病気が存在しています。なぜなら犬種ごとに閉じた遺伝子プールを持つからです。そのため遺伝的な病因を探しやすいとされ、今世紀に入ってから数々の研究が進められています。その一方で、犬は人と同じ生活環境で暮らすことから、実験動物と比べると環境的な影響をより解明しやすいとも考えられています。

共通して発症する病気の中には心臓にまつわるものがあり、弁膜症や心筋症などに遺伝的にかかりやすい犬種もいれば、かかりにくい犬種もいます。そこで、アメリカのペンシルベニア大学の研究者らは、心血管疾患を発症する遺伝的リスクと誕生月という環境要因との関連性を調べ、結果を『Scientific reports』に発表しました。

7月生まれがリスクのピーク

研究者らはOFA(The Orthopedic Foundation of Animals)が作成しているデータベースより、253犬種、129,778頭の犬のデータを解析しました。

すると、遺伝的に心血管疾患にかかりにくい犬種、ノーフォーク・テリア、ピカルディ・シープドッグ、キング・チャールズ・スパニエル、ボーダー・テリア、ハバニーズなどにおいて、6月から8月生まれの犬が心血管疾患を発症するリスクが明らかに高くなっていることが示されました。なかでも7月が最も高く、全体の平均の1.47倍、低い1月と比べると74%も高いことが分かりました。つまり、心血管疾患の発症の環境的な要因のひとつに、誕生月が影響することが示されたということです。一方で、遺伝的要因がある犬種については、誕生月と発症リスクの間に関連性は見られませんでした。これについて研究者らは、心血管疾患の遺伝的要因を持つ犬はより病気に配慮して繁殖が行われているために季節の影響を受けにくい可能性があるのではないかと考察しています。

また、心臓病がみられる割合として、およそ0.5%以下だったのがレトリーバー、ポインター、ブルドッグ、ドーベルマン、パグ、チワワなど、ジャーマン・シェパードは1.57%、最も高かったのがハウンド犬種、シープドッグ犬種のカテゴリーで1.92%の割合でみられました。

季節という環境要因が及ぼす影響

季節が与える健康への影響は人においても数々の研究が行われています。今回の調査を行った研究者は以前の研究で3か国1,050万人のデータ解析を行い、妊娠初期が夏の季節だった人々は大人になってから心臓リズム(心調律)に問題を抱えるリスクが9%高いことを発表しています(研究の詳細は以下のリンク先の日本語サイトで紹介されています)。それについて、夏季の大気汚染が子宮内にいる胎児にまで影響を及ぼしたことが原因となっているのではないかと考察しており、今回の犬での結果についても、夏の季節特有の大気汚染が何らかの影響を及ぼし、心血管疾患発症リスクを高めたのではないかと推測しています。

生まれた月によって、心臓病やウイルス感染、ADHDなどの病気にかかりやすくなる(研究結果)
コロンビア大学メディカル・センターの研究グループが、「生まれた月は、心臓病やウィルス感染、ADHD(注意欠陥・多動性障害)などの健康障害と関係がある」という研究結果を米国医療情報学会誌に発表した。

ここから先は個人的な考察になりますが、季節が及ぼす影響は健康面に限ったことではないと思うのです。たとえば子犬の社会化期が極寒の真冬や灼熱の真夏だとすると、散歩がしにくい季節のため、ほかの犬に出会ったり外の刺激を存分に受けたりするような機会が減りがちになるのではないかと思います。そのような場合、子犬は社会性を十分に身につけられないまま成長していくことになり、その後の犬生において行動的な問題が発生する可能性が高まるとも考えられないでしょうか。

犬は野生動物のように季節性の発情期を持たないため、子犬が産まれてくる時期はさまざまです。けれども子犬を迎えようとするときには、なるべく散歩のしやすい季節が社会化期と重なるよう気にしてみるというのも、子犬を選ぶときの指標のひとつとしておくといいのではないかと思うのです。

【参考サイト】

phys.org