銃声と回収とレトリーバー

文と写真:藤田りか子

レトリーバーの原産国イギリスにおけるフィールドトライアルの様子。

レトリーバーの猟犬としての能力をテストするフィールド・トライアルは欧米ではとても盛んだ。レトリーバーの原産国イギリスで生まれたものだが、今やヨーロッパ全体で大人気のドッグスポーツ。北欧スウェーデンもその世界ではなかなか実力を持つ国の一つである。その昔は男性ハンドラーが圧倒的に多かったものだが、現在は大多数女性と言ってもいいだろう。そして興味深い傾向は、以前オビディエンスをやっていて、レトリーバーの世界に流れてきたという人が珍しくないということ。狩猟をする人のためのニッチなスポーツと考えられていたのも今は昔。フィールド・トライアルはドッグ・トレーニング愛好家の間における一般的ドッグスポーツになりつつある。私が始めたのも犬の才能を楽しみたいから、というのが大目的だ。そしてアシカには将来十羽をひと唐揚げできるほどカモを回収したいという夢もあるし…。

さて、そのレトリーバーのスポーツ競技会に向けてそろそろ真剣にアシカをトレーニングしてもいい頃となった。一歳になり、ついこの間、発情期も迎えた。メンタルの上でもだいぶ成熟の段階に入ってきた。以前はまだ若いからと控えていたトレーニングがいくつかあるのだが、それらをやっと導入することもできそうだ!その一つが、銃声を伴っての練習。そこではまず銃を発砲してからダミーを投げ、そしてそれを取りに行かせる。いわば鳥を撃ち落としている状況のシュミレーションだ。このやり方はワーキング・テストで行われる。ワーキング・テストというのは、ゲーム(獲物)を使わないでダミーのみを使って回収の技を競うトライアルである。

なぜ銃声を伴う回収を控えていたのか?いや、別に控えなくともよかったのかもしれないし、人によってもいろいろ意見はあるだろう。が、これは私の考え。若い時から銃声を聞かせてはダミーや獲物を取らせていると、頭が若いだけに多大に期待感(銃の音=獲物が回収できる、ヤッホ〜!)を抱かせてしまう。そのうち銃声だけでテンションを上げまくるなんてこともあるのだ。ラッコがそうであった。テンションが上がってしまうのは、回収技のような協調性と自制心を必要とするスポーツにはちょっとまずい。

初めて発砲音とともにダミーを取りにいかせた様子。ダミーの回収自体は簡単なものでいいのである。音とダミーの落下を教えるためのトレーニングなのだ。

雪は積もっているが、今や春の到来で雪原は溶けたり凍ったりを繰り返している。落ちたダミーはとりあえず雪に埋もれなくなったので、いよいよトレーニング開始となった。50m先でカッレが銃をバーンと発砲させた。そしてダミーが投げられた。アシカはまっすぐに前を向いてダミーが落ちた場所をマークした。私の「よし!」という号令とともに彼女は弾丸のように走っていった。初めてだと犬によっては発砲音にびっくりしてダミーを取るのに躊躇する個体もいる。だが、アシカはそんなためらいなど全く見せずに、いつも通りにまっすぐ走りまっすぐ戻り、ダミーを私の手元に渡してくれた。

気がついたことがある。銃声の導入後、彼女のマーキング力(獲物がどこに落ちたかを覚えておくという意味)が格段に鋭くなったのだ。今までただダミーを投げていた時と集中力が違う。だから見当違いな藪に入ってダミーを探すことも、以前より少なくなった。距離感の判断も良くなったような気がする。銃声によって、より細かにダミーの動きを観察するようになったらしい。なんというか、銃を伴うだけでこんなに犬の気持ちの中に変化が訪れるというのは、面白いものだ。血が騒ぐのか、これもガンドッグ200年の歴史の中で培われた特性なのかもしれない。

このトレーニングをする上で、ひとつ気をつけなければならない点がある。それは銃を鳴らしダミーを投げるけれど、時にはそのシーンを見せるだけで取りにいかせない、という練習も混ぜるべし。そうすることで「銃が鳴ったからといっても必ずしも自分が取れるわけではない」を学んでくれる。この考え方を身につけてくれれば、トライアル中、発砲音があちこちで聞こえ他の犬が働いているのを見ても、「自分が行くはずなのに!」とフラストレーションを溜めたりすることもなくなるだろう。そしておとなしく待っていることができる!(というのは希望的観測だ。おとなしく待てない子は競技失格となるし…)。