文と写真:アルシャー京子
うちの犬ボダイは生後五ヶ月のときに我が家にやってきた。
ドイツでは繊細な神経を持つサイトハウンドは将来の性格形成と社会性を養うべく、できるだけ長く親兄弟と過ごさせるのが良いとされるため、ボダイはそれまでブリーダー宅で親兄弟と共にぬくぬくと田舎暮らしを送っていたが、どんな犬でもいつかは親離れの時期がやって来る。
ボダイは首都ベルリンに陣取る我が家にやってくることで、いきなり世間の冷水に投げ込まれたのだった。ベルリンに来て幹線道路を走りぬけるトラックにビビり、マンションの階段に戸惑い、そして何より一人で留守番をすることがボダイにとって一番辛い経験となった。
この留守番トレーニングのエピソードはいつかまた別の機会にお話しするとして、当時私は留守番トレーニングと都会の生活でストレスのたまったボダイの体を癒そうと少しマッサージに凝っていたのだ。
そう、ボダイはマッサージや指圧の類が好きである。
撫でる手にうっかり力が入り揉んでみようものならすぐさま「はいっ、どうぞ!」といわんばかりにゴロリと横になる。誰が教えたわけではないが、好きらしい。ツボを捉え、指先に力をいれるとまるで「きくぅ~」と言う声が聞こえるように目を閉じる。
もしかしたらこいつ、相当の通かもしれない。
私といえば子供の頃から祖母や親に教わり家族の中で指圧をする機会が多かったため、親指の第一関節がほぼ直角近くまで曲がっているほどで、ボダイの体をヒトと同じような要領で押し捲ってとりあえず感触と効き具合を直感で掴んでいた。
何の疑問も抱かず、日常や留守番トレーニングで受ける精神的なストレスを解消するとともににノーリード運動による筋肉の緊張もほぐしてやろうと、体を撫でる手は無意識にツボを探していたのである。
解剖学的に犬は前身を前肢の上に肩の筋肉で吊り下げているため「おそらく肩の凝りはあるだろう」と見込んで肩甲骨の周りを揉み、また胴は人間と違い地面に対して並行なので背中の筋肉も張るだろうと思い背骨に沿って腰までを揉み下げる。
私自身緊張やストレスが続くと顔面が強張り頭全体の硬直を感じるので、もしかしたら犬もそうかな?ということで、愛犬の顔面を両手で挟み耳の裏に掛けてもしゃもしゃと揉み込んでみた。
後になって一時帰国の際にたまたま『わんこの指圧』(インターワーク出版)という本を店頭で見つけ早速購入して見たところ、なるほど、あながち私の直感は外れていなかった。
犬は肩から腰に掛けて呼吸器系・消化器系機能に関与するたくさんのツボを持ち、つまりこれらのツボ周辺が凝り固まっていると血行不良を起こしうまく機能しなくなるのだそうだ。また耳の辺りをぐりぐりするのは犬でも本当にストレス解消にいいらしい。
揉み方は何もツボを親の敵のように押す必要はない。犬の大きさにあわせて犬が気持ちいいと感じる強さでやればいいのだが、揉まれ慣れていない犬などはくすぐったいとか痛いとか言ってなかなか揉ませてくれはしない。普段のスキンシップの延長で徐々に指先に力を入れてゆくのが一番無理がないように思う。
またサイトハウンドでは運動をとおして大腿内側の筋肉が肉離れを起こしやすいこともあり、ノーリード運動の後はまるでスポーツ選手の筋肉を揉む感じで太腿辺りの肉の塊をもみもみしていたが、そんなときはいつでも気が付いたらボダイはすっかり眠り込んでいた。
別に犬にゴマするつもりはないが、食い物以外のご褒美で「指圧」というのも飼い主の株を上げる手で良いのではないかと思う。犬が静かに大人しくしているときこそ褒め時で揉み時なのだ。
そして私は私で犬の暖かさを感じ、日々のストレスから癒されるというわけ。
(本記事はdog actuallyにて2008年7月22日に初出したものを一部修正して公開しています)
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