犬の毛が植物を育てる資源に

文:尾形聡子


[photo by zinkevych]

これから暖かくなっていくにつれて増えていく犬の抜け毛。シングルコートやヘアレスタイプの犬であればそれほど困ることはないかもしれませんが、ダブルコートの犬と暮らしている方にとって、抜け毛の掃除は欠かせません。掃除機で吸い込んだ毛も、ブラッシングをしてごっそり抜けた毛も、普段は迷うことなくゴミとして捨てている方が多いでしょう。
ですがもし、その犬の毛が、植物を育てる「資源」になるとしたら、どうでしょうか。

アメリカのランドルフ=メイコン大学の研究者らは、市販の培養土に犬の毛を混ぜて植物を育てるという、少し風変わりな実験を行いました。その結果は研究者の予想を超えるものでした。育てたのは、バジル、レタス、マリーゴールドの三種類の植物です。食用のハーブや野菜から観賞用の花まで、いずれの植物も、犬の毛を混ぜた土でよく育ったのです。

この研究で比較対象とされたのは、一般的な培養土の主成分であるピートモスでした。ピートモスは、コケ類が長い年月をかけて堆積してできた泥炭を原料とし、保水性と通気性に優れ、プランター栽培や園芸で広く使われています。

一方で、ピートモスには問題があります。形成に数千年以上を要するため、実質的に非再生可能な資源とされている点です。さらに、採掘地はカナダや北欧、ロシアなどの高緯度地域に限られており(国内では北海道など)、輸送コストや環境負荷の問題も指摘されています。

つまり、ピートモスは「性能は良いものの、持続可能性に課題を抱えた植物栽培素材」と言えます。この研究は、そのピートモスを、より身近で再生可能な素材で置き換えられないかという問いから出発しました。そこで注目されたのが、これまで農業分野ではほとんど研究されてこなかった「犬の毛」でした。

犬の毛が植物の成長を後押し

研究者たちは、市販の培養土に犬の毛を体積比で25%または50%混ぜ、3種類の植物を育てました。犬の毛はグルーミングサロンから収集した、さまざまな犬種の毛が混ざったものです。特定の毛の種類による影響の偏りを最小限にするため、土に加える前に毛をよく混ぜました。

対象となったのは、

  • バジル(食用ハーブ)
  • レタス(葉物野菜)
  • フレンチ・マリーゴールド(観賞用の花)

という、性質の異なる3種類の植物です。

結果は非常にわかりやすいものでした。犬の毛を混ぜた土で育てた植物は、いずれも葉の色がより濃い緑色になり、全体が大きく、勢いよく成長しました。

バジルでは、葉の数が大幅に増え、株全体がこんもりと茂りました。レタスでは、株の直径が大きくなり、葉がよく広がりました。マリーゴールドでは、花やつぼみの数が増え、見た目にもはっきりとした違いが現れました。

食べられる植物でも、観賞用の植物でも、同じように成長が促進された点は、この研究の重要なポイントです。

植物の成長具合を重さで比較すると、犬の毛を混ぜた植物は、混ぜていない植物に比べておよそ2〜3倍重くなっていました。また、犬の毛を25%混ぜた場合と50%混ぜた場合とで、大きな差は見られませんでした。つまり、半分を犬の毛に置き換えても、成長は落ちなかったということになります。

さらに興味深いのは、犬の毛をすすいだかどうかで、成長や葉の色に違いが見られなかった点です。シャンプーなどの汚染物質の影響を抑えるため、毛を水で3回すすいでから乾かし、その後に土に加える条件でも生育が観察されましたが、すすぎの有無による成長の違いは見られませんでした。この結果から、犬の毛そのものの性質が植物の成長を支えていたと考えられます。

そもそも犬の毛はどのようなものなのでしょうか。犬の毛の主成分はケラチンというタンパク質です。これは羊毛や人の髪の毛とも共通する性質で、窒素を多く含むことが知られています。

窒素は、植物が葉をつくり、成長するために欠かせない元素のひとつです。葉の緑色を生み出すクロロフィル(葉緑素)も、窒素がなければ合成できません。窒素が不足すると、葉は薄い色になり、成長も鈍くなります。

ただし、植物は空気中に豊富に存在する窒素を、そのまま利用できるわけではありません。土の中で微生物の働きを受け、吸収できる形に変わってはじめて、根から取り込むことができます。ケラチンは分解に時間がかかるため、犬の毛は即効性の肥料というより、土の中で少しずつ窒素を供給する、緩やかな栄養源として働いた可能性があります。

さらに、犬の毛の利点として軽い素材であることが挙げられます。培養土の最大50%を犬の毛に置き換えても植物はよく育ちました。これは、プランターや植木鉢などを使った植物栽培において、大きなメリットと言えるでしょう。

土が軽くなれば、鉢の移動が楽になります。ベランダ栽培や室内栽培では、扱いやすさそのものが管理のしやすさにつながります。


[photo by rh2010]

愛犬の毛を捨てる前に

ペットフードの生産や消費が、温室効果ガスの排出量を増加させるなど、環境に少なからぬ負荷を与えていることは近年の研究で明らかになってきました。しかし、だからといって犬と暮らすこと自体が否定されるものではありません。むしろ、犬と暮らしているからこそできる、小さな循環もあります。

今回の研究が示したのは、まさにその一例でしょう。日頃のブラッシングで集めた毛をプランターの土に混ぜてみるだけで、廃棄物だったものが植物を育てる資源に変わるかもしれません。

プランター栽培をしている人は、ぜひ一度、愛犬の毛を土に混ぜてみてはいかがでしょうか。想像以上に植物が元気に育つ姿を目にすることができるかもしれませんね。

【参考文献】

Beneficial effects of dog fur as a potting soil component. microPublication Biology. 2025:10.17912/micropub.biology.001775.

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