犬は人の会話を「立ち聞き」して言葉を学べるのか

文:尾形聡子


[photo by rh2010]

犬は、人の言葉をどこまで理解しているのでしょうか。

この問いは、犬と暮らす多くの人が一度は抱く素朴な疑問であると同時に、長らく科学の世界でも慎重に扱われてきたテーマでもあります。

大きな転機となったのは2002年、科学誌 Science に掲載された研究でした。犬は、人が指で示す方向を自然に理解し、その先にある対象を正しく選ぶことができる、というものです。この結果は、当時の比較認知科学の分野に少なからぬ衝撃を与えました。それまで、高度な社会的認知能力は、主に大型の霊長類や一部の鳥類を対象に研究されてきたからです。

身近な存在である犬が、人のコミュニケーション的な合図を直感的に読み取ることができるという事実は、犬を単なる訓練可能な動物としてではなく、「人とともに進化してきた社会的存在」として捉え直すきっかけとなりました。

それからおよそ四半世紀のあいだに、犬の認知能力に関する研究は着実に積み重ねられてきました。人の視線への追従、人の意図の理解、人の抱く感情への感受性といった行動レベルの研究に加え、近年では、fMRIを使った脳科学の分野からも、犬が人の発話に対して特定の脳領域を用いて反応していることも示されています。これらの知見は、「犬は人の言葉を単なる音として聞いているのではない」ことを、少しずつ裏づけてきました。

しかし同時に、ひとつの大きな問いは残されたままでした。それは、「犬が言葉を学ぶとき、どのような社会的状況が必要なのか」という点です。これまでの多くの研究で、犬は人から直接話しかけられ、指示され、あるいは教えられるというような、「教える側」と「学ぶ側」という明確な関係が常に存在していました。

直接話しかけられなくても、言葉は学べるのか

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