犬は笑うか?

文と写真:アルシャー京子

額の筋肉が緩み、リラックスしていながらも口元が後方に引かれている、犬なりの「笑み」。

ヒト同士のコミュニケーションの中で「笑み」あるいは「笑う」表現行動はとても重要な役割を果たしている。

ヒトは生まれてから6週目頃に「笑み」の発揮があり、生後4ヶ月頃には「笑い」へと表現が成長し、赤ちゃんのこの「笑み・笑い」に対して母親が反応して愛情豊かな保護を受けることが出来るようになっている。

そして母親の反応を受けて赤ちゃんはさらに「笑う」という行動が強化されてゆく。そう、ヒトの場合「笑み・笑い」の行動は持って生まれた性質だが、それが将来的に強調されるかどうかは、幼少期の経験によって異なるというのだ。

「笑み・笑い」の行動表現は赤ちゃんや子供の生まれ持った防衛システムから派生し、うれしいとき・楽しいときの表現にとどまらず、年齢に関わらず相手に対する攻撃性・敵意の回避の意味を持っている。

つまり見知らぬ相手と出くわしたときあるいは目が合ったときに口角を上げて笑うことは、「お会いできてうれしい」というポジティブ表現としてだけではなく「私は敵意を持っていませんよ」という意味合いをも含み、相手に友好的な反応を引き起こさせることが出来るのである。

「笑い」表現は現在のところヒト以外ではチンパンジーに認められているが、犬にも「笑い」は見られるとされている。これはただ「顔がなんとなく笑っているように見える」というだけではなく、表情としての機能を備えている。然るべきシチュエーションにおいて、然るべき反応としての「笑み・笑い」が犬にもあるのだ(なんて、たぶん犬と暮らしているヒトにとってみればいまさらビックリするほどのことでもないだろうけれど)。

犬の顔面表現パターンは大きく分けて口角、目、額、耳の4つのポイントの組み合わせにより決まってくる(Facial displays-Pattern cording)。

犬の場合も口角を後方に引くだけまたは軽く口をあけるだけの「笑い」行動と、口唇を大きく開いて歯を見せる「笑い」とがあり、後者は動物行動学的なSilent bared-teeth display(声を出さずに大きく口を開け歯をむき出しにする表現)というものに分類される。ヒトの「笑い(スマイル)」はこのうちに含まれる。

犬の場合も「笑い」の表現の定義はヒトと同じように「眉間の広がり」と「後方に引かれた口角」そして「リラックスした目」に特徴付けられる。

犬の軽く口をあけるだけの「笑い」行動は本能的なものではなく、家畜化によって獲得した表現の一つといわれ、イエイヌがヒトに対して見せる典型的なミミックの一つでもあり、同時に服従的な挨拶の意味をも含む。

犬のうれしさの表現は尻尾を振るだけではない。散歩のときなど、愛犬が好きな相手と出会ったときにぶんぶんと振られている尻尾の反対側、頭の部分によく目を向けてみると...額が広がり、耳が両脇に引かれ、軽く口が開いてはいないか?

あるいは愛犬の鼻先に美味そうな食べ物をちらつかせたとき、飼い主の顔を見上げると同時に一瞬にして顔が明るくなる印象はないか?

これら喜びから自然に表現される「笑い」である。

ショー慣れしている犬では表彰されるときの飼い主の態度も相まって犬自身もうれしそうな笑みを浮かべることがある。

一方、口を大きく開けて歯を見せる「笑い」行動について、van Hooffの研究(1972年)によるカニクイザルの行動調査では「声を出さずに歯をむき出す」行動が相手に対する服従性と競合からの逃走を意味する。強いて例をあげるとすると、ジャイアンにいじめられて必死にニタニタ笑いをするのび太の行動、そんな感じ。

同じような「笑い」の行動がイエイヌとオオカミの双方にも見られ、しかしイエイヌとオオカミでは「声を出さずに歯をむき出す」ほかに耳を両脇へ引き、目を細めて視線をそらし、額を突っ張り出して出来るだけ頭部を丸くすることで幼児性のミミックを表現し、服従性を示すという。

歯をむき出す行動だけを見れば攻撃性を示しているかのように思えるが、犬も顔面の他の部分や全身の表現を組み合わせることで、複雑なコミュニケーションを行っていることを忘れてはいけない。

ただ、犬やその他の動物の「笑い」はあくまでも原始的なものであり、私たちがテレビなどで見る高度に発展した笑い文化の「お笑い」などとはどうか混同しないように。

犬だってくすぐれば笑う。生理的な反応による「笑い」も犬にはある。

(本記事はdog actuallyにて2010年7月13日に初出したものを一部修正して公開しています)

【参考文献】
・Van Hooff, J. A. R. A. M. (1972). A comparative approach to the phylogeny of laughter and smiling. In R. A. Hinde (Ed.), Non-verbal communication. (pp. 209-224). Cambridge: Cambridge University Press.
・Fox, M. W. (1969): A comparative study of the development of facial expressins in canides: wolf, coyote and foxes. Behaviour 36, 49-73.
・Fox, M. W. (1971): Socio-infantile and socio-sexual signals in canides: a comparative and ontogenetioc study. Z. Tierpsychol. 28, Parey, Berlin, 185-210
・Feddersen-Petersen, D. U. (2008): Ausdrucksverhalten beim Hund, Franckh-Kosmos Verlag, Stuttgart