文と写真:藤田りか子
犬種はインターナショナルとはいえ、その国によってタイプは様々。ダックスフンド(以下ダックス)もその例外ではない。アメリカタイプのダックスは日本で御馴染みだが、ドイツやヨーロッパタイプのダックスを皆さんはご覧になったことがあるだろうか?パっと見ではソーセージのような犬であることには変わりがない。だが、少し目が慣れてくると、両者の違いが見えてくるはずだ。ヨーロッパタイプのダックスは足が長く、胸がすっきし、つくりが軽いし色も地味目。サイズは全部で3つ。一方アメリカ、イギリスのダックスは脚が短く、胴が長く、体全体が大きい、そして色とりどり。こちらはサイズが2つ。
…ウウム、何故同じ犬種にして、こんな違いが生じたのだろう?
簡単に言ってしまえば、両者ではスタンダードが違うのである。アメリカやイギリスには独自の理想のダックス像があり、ドイツやFCIに加盟する国々にもまた別の理想像がある。どちらがいいとか悪いとかここで決め付ける必要はない。むしろダックスファンとしては、「違いがある」という事実をダックスにまつわるひとつの雑学として、あるいは“ダックスロジー(=ダックス学)”として楽しんでみたい。
何故ヨーロッパのダックスが英/米系と異なるのか、それを理解するにはまず犬種作りの背景を知る必要がある。原産国ドイツを中心に、ダックス作りへの理念、取り組み方について紹介しよう。
アナグマ猟に本当に短足犬が必要なのか
アメリカやイギリスにはダックスを狩猟犬として使う伝統はなかった。彼らにはその土地にあったほかの狩猟犬がいたからだ。それに引き換えドイツでは土着の狩猟犬としてダックスが存在していた。英、米国が愛玩犬/ショードッグとしてダックスを作り上げてきたのに比べ、ドイツが狩猟性能を重視した繁殖を進めているのは、当然ともいえる。
それなのに何故英、米国(特に英国)のダックスの方が足が短くてドイツ産は長いのか?アナグマ猟の犬として短い脚、長い胴をもつべきなのでは?
アナグマの穴の中に入っていくのに、どれ程短い脚をもっているか、という身体的特徴は実はそれ程重要ではない。大事なのは狩猟犬としての性質だ。アナグマに挑戦できる勇気があるか、獲物に対する執着心はあるか。このふるいにかけられた後に、より体型的に相応しい犬が選ばれてゆく。英国ではダックスより脚が長く胴の短いフォックステリアがアナグマ猟に使われている。またダックスはアナグマのみならずキツネの穴にも入る。キツネの脚の長さを見れば、短い脚が穴に入る条件ではないことは容易に理解できるだろう。地中を行く時、犬は立って歩くのではなく這いつくばって進む。だから十分折り曲げられ、適度な短さであれば身体的にはそれで十分なのだ。
アナグマ猟をするワイアーヘアードのダックスフンド
アナグマの穴に物理的に入れるか否か、それは脚の長さより、むしろ胸囲が尺度になっているようだ。アナグマ猟師の間では、昔からこんなことが言い伝えられている。
「アナグマ猟の犬の大きさは、両手で胸周りを抱えたとき、出会った両手の指が触れ合えばよく、これ以上大きくてはいけない」
そういえば、現在のドイツのスタンダードをみると、ダックスのサイズ区分は胸囲によって定義されているから、興味深い。ちなみにアメリカのスタンダードでは体重でサイズ区分をする(ドイツの古いスタンダードでも体重で区分していた)。ドイツにも体重の上限はあり、それは9kg。アメリカでは約7kgから13kg(スタンダード・ダックス)と規定するから、ヨーロッパのダックスは小ぶりに見えるはずである。
オールラウンドドッグという考え
ドイツ人の考えでは、ダックスは傷ついて逃げた獲物を探すことができるブラッドトラッキングドッグとしても活躍できる狩猟犬であり、アナグマ猟もするけど、それだけの猟犬ではないということだ。ダックスのフィールドトライアルにはその他に、トレイリング(ウサギの足跡を追う)、ラビットワーク等がある。ショーチャンピオン資格もこのうちどれかのフィールドテストにパスすればいいわけで、必ずしもアナグマ猟にこだわる必要はない。
スタンダードには確かに「脚は短く、胴は(地に)低く」という記載はある。が、以上の作業をこなせるマルチ猟犬として身体は機動的であるべきだ。そこで短足の度合いが以下のように設定されている。
「胴の深さは体高の3分の2、地面までの距離は体高の3分の1であること」
とはいってもこの記載は戦前のドイツ・スタンダードにはなく、その頃では極端に脚の短いダックスが主流を占めていた。英米国のダックス作りに、古いスタンダードに基づくこの伝統が今も残っているといえる。
英・米国でのダックスフンド作り
英・米国は1920-30年代までは、さかんにドイツやスウェーデンからダックスを輸入していたようだ。でもそれからは、持ち前のリベラル精神で、独自の発展を遂げていった。そして美しいショードッグ達をたくさん作出した。そしてヨーロッパに比べるとコートカラーが豊富だ。レッドという色一つとっても、ヨーロッパはマホガニーレッドが主流である一方で、英米国はレッドの濃い色、薄い色と様々なニュアンスを楽しんでいる。色やパターンにこだわってブリーディングしている犬舎も少なくない。
しかしこれが米英国のダックスの全てというわけではない。90年代にはアメリカにN.アメリカン・テッケルクラブ、イギリスにUKテッケルスタッドブック協会というのが出来て、ワーキング系のダックスをドイツの基準で作る試みが行われている。別にAKCやKCに対抗しようという意図はなく、むしろ愛玩系のダックスにもドイツの血を入れるよう、また共にアクティビティができるよう何らかの接点を持とうとしている。協会は毎年成長しており、英、米のダックス界に新たな潮流を作り上げたといえるだろう。