“鼻と蛇” – 2025年の干支、ヘビにまつわる犬のお話

文:藤田りか子


フロリダ州魚類野生生物保護委員会(FWC)のビルマニシキヘビ探知犬チーム。[Photo by

毎年恒例、年初めの犬曰くは干支の動物にかかわるお話から。今年は巳年なので、花と蛇、いや、ここは犬のサイトなので「鼻と蛇」ですね。そう、嗅覚を使ってヘビを探す作業犬について記そう。

なぜヘビを探す?

なぜヘビを探す犬が存在するのか?

それは駆除したいからである。東南アジア原産のヘビ、ビルマニシキヘビがアメリカのフロリダ州で外来種として大繁殖しており、地元の自然とその生態系を脅かしている。そのヘビを探し出すために犬が起用されたのだ。もちろんそのよく効く鼻で探してもらうのみ。決してマングースとのように、退治のために戦わせるわけではない。ヘビを捕まえて処理するのは人だ。

ビルマニシキヘビは最初エキゾチック・ペットとして1970年代にアメリカに持ち込まれた。ただしその飼育は決して楽ではなかったようで、疲れたか飽きたかして人々はそのペットを野外に「捨てた」。フロリダ南部の気候は東南アジア原産のヘビにとって、適応するのにそれほど苦労はなかったと思える。30年後には世界遺産にも指定されているエバーグレーズ国立公園周辺で記録的な数のニシキヘビが発見されるようになった。同時にアライグマやボブキャット(オオヤマネコ)といった在来の小型哺乳類が激減した。

駆除のためにありとあらゆるテクノロジーを駆使して、さまざまな手段が講じられた。だが、ニシキヘビが繁栄しているのは、6000ヘクタール以上にも及ぶ大湿地帯。車や徒歩でのアクセスが可能な地域はその1%ぐらい。これではいくらヘビ狩に奔走しても埒が開かない。ドローンを使って熱画像赤外線カメラで探そうとしたものの、ヘビは変温動物。そのためこの試みも失敗に終わり…。そこで、犬の嗅覚を使う、というアイデアが浮上したのだという。


エバーグレーズ国立公園。フロリダ州南端に位置する。主に湿地、沼地、広大な水域が広がる自然景観、北アメリカで最大の亜熱帯湿地としても知られている。[Photo by Gilles Rivest]

生態系管理に犬を活用するプロジェクトを立ち上げたのは、フロリダ州に隣接するアラバマ州のオーバーン大学に所属する生物学者、エコロジスト、そして動物衛生に携わる研究者たちである。プロジェクト名は「エコ・ドッグス」。犬を用いてニシキヘビを探知するという試みだ。このプロジェクトにおいてドッグハンドラーを務めたバート・ロジャー氏による、ニシキヘビ探知犬の育成に関するエピソードは非常に興味深い。氏の記事「Hunting Dogs Used to Target Florida’s Invasive Pythons」から、ここでいくつかかいつまんで、その犬たちの働きを紹介しよう。

ニシキヘビ探知犬の選択

まずニシキヘビ探知犬の選択だが、体もメンタルもタフな犬であること。特に南フロリダ特有の暑さや湿気、さらにはエバーグレーズ特有の複雑な地形に対応できる犬であることが重視された。その中で選ばれたのが、3頭の黒いラブラドール・レトリーバーだ。2歳のメス犬ナンシー。1歳半のメス犬アイビー。最後に1歳のオス犬ジェイクだ。

2頭のメス犬はすでに探知犬の教育を受けていた。学ぶ意欲が強くかつ協調心があって有望な候補であった。しかしジェイクに関しては、ロジャー氏は「う〜ん、このラブはどうかな…」と決断に二の足を踏んだ。ジェイクは強い獲物欲(捕まえたい!という欲)と高いエネルギーレベルを持ち、どんな状況でも仕事をやり遂げる強い意志とスタミナを持った犬。だがそれだけに同時にトレーニング中において制御も難しくなる。他の2頭のメスに比べると従順さはあまりなく、自分がしたいことをするタイプだ。しかし、と著者は以下のように語っている

「厳しい環境での長時間の捜索に耐えるためには高い独立心と粘り強さが必要だと分かっていました」

そして過酷なトレーニングを乗り越え、最終的にニシキヘビ探知犬として見事な活躍を果たしたのは、まさにジェイクだった。ジェイクのような犬のエピソードは、警察の捜索犬に関する話でもよく耳にする。イギリスの警察犬ハンドラーが捜索犬デモでこう話してくれたのを覚えている。

「僕たちが警察犬マテリアルとして求めているのは、家庭犬として飼いきれないと保護施設に入れられるようなシェパードですね。こういう犬が最終的には捜索犬として素晴らしい活躍をするんです」

ターゲット臭の学習

ロジャー氏は、まずはターゲット臭のにおいの学習とサーチの学習を別々に行なった。ターゲット臭のにおいの学習は、実際のヘビではなく捕獲されたビルマニシキヘビから集めたサンプルを使った。異なる大きさ、性別、脱皮の段階にあるヘビなどいろいろな個体が含まれた。こうすることで、特定のタイプに限らず、ありとあらゆるビルマニシキヘビを探せるようした。また、「ヘビ」全般が持っているにおいには反応させないようにも気を付けたという。さもないと、いざフィールドにでてサーチをさせた際に、関係のない在来種のヘビにも反応してしまうかもしれない。我々が普段行っているノーズワークにおけるターゲット臭の学習に比べると、はるかに複雑なプロセスを踏むことがわかる。

サーチの学習はすでに犬が知っている爆発物のにおいをトレーニングセントとして使い、行われた。そしてご褒美はトリーツではなく、ボール遊び。ニシキヘビがいかにも生息していそうな湿原の薮や堤防でトレーニングをしたのだが、安全のためにあまり水辺に近づけないようにもした。沼岸はとくにワニが待ち伏せしているゾーンであり、同時にニシキヘビがいるところなのだそうだ。

においを見つけたときのインディケーションは、「フリンジ(=周辺)レスポンス」。ポインターやセターが鳥のにおいをかいだとたんにフリーズして獲物の場所を教えるのと同じタイプのレスポンス(反応)をやってもらうようにした。つまりにおいをとったら臭源に近づき過ぎないよう、でもその近辺でかつどこにいるかその方向だけをハンドラーに伝えるという方法だ。こうして犬たちの安全を強化させたという。

足跡ならずニョロ跡追求!

以上の基礎が犬にできあがったところで、これまで習ったことを実際の任務の中で「般化」できるよう、今度は本物のヘビを使っての練習を始めたそうだ。野生捕獲したニシキヘビを時に袋に入れてものを探させたり、ついには放したヘビの足跡、いや、ヘビには足がないからニョロ跡?、を追って探すというトレーニングも行った。放たれたヘビには発信機がつけられているので、たとえ犬が見つけられなくとも、あとで回収できる。そして、実際に犬がどう追っているのか、確かめることもできるのだ。

ロジャー氏の育てる犬はもともと爆発物探知犬なので、空気中のにおいを探す能力の高い犬が選ばれている。そのような犬に、空気中のにおいをつかわせずに足跡だけ追わせるというのは決して楽な課題ではなかったとのことだ。なので、ヘビを放したところから風上に犬を置いて、浮遊臭を使えないようにトレーニングを徹底したと述べている。

足跡を追う前は、もちろんまずは浮遊臭で探させる。それでニシキヘビのだいたいの位置を把握し、足跡を探す。それを見つけたらその後は浮遊臭に頼らず鼻を地につけたまま丹念に地面に残された跡を追う。3頭のどの犬もこの作業をコンスタントにこなせるようになった。トレーニングは、もちろんありとあらゆる環境で行われたのはいうまでもない。


[Photo by

ワーキングドッグの底力

さて、いよいよ実際に野生のヘビを探す段となるのだが、ただし犬たちはたとえにおいを見つけその足跡を辿ったとしても、安全確保のために完全に臭源まで近づくことは許されなかった。なんと、そのためにメス2頭のナンシーとアイビーはひどくフラストレーションを感じ、ついにはナンシーの方は追うモチベーションを失ってしまったそうだ。そしてアイビーについてはフラストレーションを和らげるために、モチベーショントレーニングを与えたものの、かえってこれが災いし、トレーニングに使うにおいにしか反応しないという傾向も見せ始めたという。しかしこれら困難をものともせずにひたすらニシキヘビのにおいを追うことに意欲を燃やしていたのがジェイクであった。ロジャー氏は以下のように述べている。

「最初は問題児だったジェイクですが、ナンシーやアイビーがストレスを感じている要因に彼は気を取られることはありませんでした。ただただニシキヘビのにおいを特定しようとし、その臭源のありどころを教え続けてくれました。たとえ私が到達できず、そのために『もう一度探して!』と頼んでも、まるでがっかりすることなく彼は積極的にサーチを続けました」

氏はこの時ジェイクの欠点が実はこの過酷なサーチをするにおいて、なくてはならない特性だということにも気がついたという。フィールドで1ヶ月間のトレーニングを経て、彼は驚くべきスピードで次々とニシキヘビを発見するようになった。人間による目視での道路捜索では、通常5〜8kmに1匹のニシキヘビを見つけるペースだが、ジェイクはわずか1.6kmのサーチで1匹を発見した。

ロジャー氏の作成したニシキヘビ探知犬プロジェクトは、エバーグレーズ国立公園の管理局よって公認され、そしてニシキヘビ駆除のための新しい兵器として全米に紹介されるようになった。その後、フロリダ州では次々に新しいニシキヘビ探知犬が育成されていった。この記事に使われている写真のラブラドール・レトリーバーとジャーマン・ポインターは、フロリダ州魚類野生生物保護委員会が運営しているビルマニシキヘビ探知犬チームに参加しているトゥルーマンとエレノアだ。

2020年12月に放映されたWKMG News 6(フロリダ州のローカルテレビ局ニュース)より。フロリダ州魚類野生生物保護委員会が運営しているビルマニシキヘビ探知犬チームに参加しているトゥルーマンのトレーニングシーン。

フロリダ州には現在およそ3万〜10万のビルマニシキヘビが生息していると推測されている。在来の野生生物を捕食し生態系のバランスを崩す害獣ゆえに、州は探知犬プロジェクトのみならず、駆除のための様々な取り組みを進めている。たとえばフロリダ州魚類野生生物保護委員会は毎年「ニシキヘビ・チャレンジ」というイベントを開催し、市民にニシキヘビの駆除活動を推進している。2023年には1,050人の参加者によって209匹のビルマニシキヘビが駆除されたそうだ。

ビルマニシキヘビの異常繁殖は人災だ。飼いきれないといって野外に放す人の勝手さ。そういえば、日本の野犬も同じだ。多くは「飼いきれない」と放たれ、繁殖して増えてしまった結果である。

【参考文献】

Hunting Dogs Used to Target Florida’s Invasive Pythons