文:尾形聡子
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人間社会において他者とのかかわりは避けて通れないことです。社会的な相互作用はあらゆるところで生じ、人と人はつながり、心を通わせ合います。相手に共感したり、理解を示したり、他者の様子を見て心のうちを類推できるようになるには心の理論が必要となりますが、心の理論は主に脳の3箇所の部位(上側頭溝、下外側前頭前野および前部帯状回/内側前頭前野)が司っていると考えられています。
心の理論は人以外の動物にはないのか、とりわけ進化的に人の前身でもある大型類人猿を対象に長年研究が続けられていますが、以下の京都大学野生動物研究センターの研究によれば、チンパンジーやボノボなどの類人猿において心の理論があることが示唆されています。つまり、心の理論は人だけに備わっている特徴ではない可能性があるということです。
進化的には人と近い大型類人猿ですが、人と共同して喜んで何かをするという点で最も優れている動物は犬と言ってもいいでしょう。そして、犬は異種である人との間に、親子に見られるような愛着関係を築くことのできる動物でもあります。そんな犬にははたして心の理論があるのか、それについても数々の研究が行われていますが、最近紹介した以下の研究からは、犬に心の理論があるとは言えないとする結果が示されています。
とはいえ、犬は人の感情状態を知覚することができ、心の理論の基礎をなす行動のうちのいくつか、たとえば指差しへの反応、視線追従、行動の同期などをすることができます。中でも行動の同期は人の研究から社会的なつながりや一体感、信頼関係を強めることがわかっていますが、犬と人の間でも行動を同期させることで仲良くなる可能性が高くなることが示唆されています。
なぜ行動を同期させると関係性が深まるのか、その背景にある神経メカニズムが研究されるようになり久しいですが、近年、行動のみならず脳活動の同期について注目が集まっており、それに関する報告も相次いでだされています。人の心と心のつながりを脳科学的な面から解明していこうとしているためです。これまでの研究から、相互理解や共感の強さ、良いコミュニケーションが成立しているときに人と人の間の脳活動の同期は強まり、チームワークや学習を強化していると考えられています。しかし、関係性が親密な方が脳同期が起きやすいとの報告がある一方で、初対面の方が脳同期が起きやすいことを示した報告があるなど、まだ一貫した知見は得られておらず、これからの研究発展が大いに期待される分野です。
そんな中、中国科学院を中心とした研究グループは、人と犬との脳活動の同期を調べる研究を行い、、異種間での脳同期が初めて観察されたとする結果をAdvanced scienceに発表しました。
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異種間で初、脳活動のシンクロが確認される
地球上でもっとも古い家畜動物である犬と人は数万年の時を経て、異種の動物でありながらもお互いのコミュニケーション信号を読み取り、理解できるように共進化してきたと考えられています。さらには養育者とその子どもとの間に築かれる愛着関係と類似した強い関係性を築けることもわかっています。人と犬との間に発生する相互作用は、他の家畜動物とは一線を画しているとも言えるでしょう。
そこに着目した研究者らは、人と犬の間に作られる絆が見かけだけのものでないのであれば、脳活動も同期しているのではないかと考えました。
研究者らはそれを調べるために、10頭のビーグルを対象に見知らぬ人とペアを組ませ、彼らに非侵襲性のワイヤレス脳波測定器を頭部に装着した状態で脳活動を測定しました。脳測定は①犬と人が別々の部屋にいて何もコミュニケーションを取らない条件、②犬と人が同じ部屋にいて撫でたり見つめあったりするなどコミュニケーションを取る条件、③同じ部屋にいるがコミュニケーションをいっさい取らない条件、の3つの条件下において、5日間にわたって行われました。
その結果、①の別部屋のときにはバラバラだった脳活動が、②の条件下、社会的な交流を行った場合に脳活動が最も同期していることがわかり、さらには日を追うごとに親しくなったペアにおいては同期するレベルが強くなっていたことが示されました。このことはつまり、両者の関係が深まるほど、脳神経の活動がシンクロしてくる可能性が高くなることを示唆する結果です。さらには、撫でる、見つめ合う、のコミュニケーションを個別にするよりも同時に行う方がより脳活動のシンクロ率も高まっていることもわかりました。
研究者らは、異種の動物である犬と人の間に起こる共同注意(ひとつの空間の中にいる他者と同じように注意を向けること。注意共有などとも言われます)が、それに関連する脳部位である前頭葉と頭頂葉にて活動の同期をもたらすことに寄与していることを初めて実証したと結論しています。
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社会的な交流が犬と人の絆の構築にはやはり重要
今回の脳活動のシンクロの研究結果を見て思ったのがオキシトシンについてです。幸せホルモンとして広く知られるようになったオキシトシンは、犬と人の間での「見つめ合い」によって分泌が促進され、絆の形成に役立っているという報告がされています。
ただ、この研究で観察されたのは家庭犬とその飼い主でした。両者にとって初の顔合わせである場合には、その効果が異なってくることも以下の研究では示唆されています。
今回の研究ではすべてのペアにおいてお互いに初めまして、の状況でした。そのせいであるかどうかまではわかりませんが、脳活動の同期の方向性は人から犬に向かっているものだったことが示されており、コミュニケーションは双方向でありながらもお互いに見知らぬ存在であったことが人から向かっての同期という結果につながっているのではないかと想像します。家庭犬とその飼い主についても同様の研究を行い、結果を見てみたいところです。
とはいえ、人の脳活動に犬がシンクロしてくるのはさすが犬のなせる技だなと思います。それを人がいかにして強固なものにしていくかが、ある意味人の腕の見せどころなのかもしれませんね。
【参考文献】
・シンクロする人々:個人間の身体的同期に関するレビュー、認知科学第28 巻第4 号(2021) pp. 593–608
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