文:尾形聡子
[photo by Przemyslaw Iciak]
犬が家族の一員として捉えられるようになっているにもかかわらず、残念なことに飼育放棄があとをたちません。コロナ禍の制約された生活を余儀なくされた時期、犬や猫などのペットに癒しを求めた人がいたため、一時的にペットブームが生じて飼育頭数が増加しました。しかし、コロナ禍が過ぎれば動物保護施設の譲渡率は低下し、飼育放棄は増加している状況が世界的に見受けられ、問題視されています。もちろん日本も例外ではありません。
なぜペットの飼育を放棄するのか、その理由はさまざまです。コロナ以前になりますが、2017年に動物愛護団体に保護を求めてきた飼い主の飼育放棄事例を対象に調査した帝京科学大学の調査によれば、犬の飼い主のうちもっとも多く挙げられた理由は「飼い主の病気や怪我」で43%を占めていました。
- 飼い主の病気や怪我 43%
- 離婚 17%
- 転居 13%
- 経済的理由 6%
- 問題行動 6%
- 苦情6%
- 野良犬などを保護したが飼育できない 2%
- 老齢、病気で面倒を見きれない 2%
一度ならず犬と暮らしたことのある人ならば、犬と暮らすには時間もお金も労力もかかるのを知っているはずです。突然の病気や怪我は予測できないこととしても、上にあげた理由を見れば、それなりに飼い主が対応できるのではないかと思われるものが多いと感じるのではないでしょうか。
ですが、コロナ禍で癒しや仲間を求めて初めて犬を迎えたという人の中には、後先考えずに衝動的に飼い始めてしまった人もいるはずです。そして、コロナが明けて自宅でのリモートワークが減っていき、会社に出勤するようになれば、自ずと犬の面倒を見る時間も減っていき、最終的には飼いきれないからと手放す、そんなパターンが一定数あるのは事実でしょう。
飼育放棄の理由の割合こそ国や地域によって異なるかもしれませんが、理由そのものはどこであっても大差ありません。そのひとつが賃貸住宅の問題です。そこに焦点を当てたアメリカのフロリダ大学を中心として行われた研究を紹介したいと思います。
[photo by Fotokon]
住宅問題はアメリカにおける飼育放棄の大きな要因のひとつ
アメリカの賃貸住宅において、ペット飼育に関して大きな制限のない住宅は約7〜9%にすぎず(2021 Pet-Inclusive Housing Report)、通常は犬のサイズや特定の犬種などの制限があり、追加家賃が発生するそうです。日本でのペット可賃貸の割合は正確にはわかりませんでしたが、ネットで調べたところ5%くらいから15%くらいといった感じのようです(地域差がありそうです)。ペット可物件のほとんどで大きさの制限があり(小型犬のみ飼育可能が大半)、家賃もその地域の相場よりも割高に設定されているものです。そう考えると、日本の賃貸事情は、ペット飼育が可能な賃貸物件は増加してはいるものの、制限がされていない物件だけでみれば数%どころか、1%にも満たないと思われます。
アメリカも州や地域によるでしょうが、州によっては、州が一部家賃を補助する住宅(東京なら都営住宅のようなもの)でのペット飼育が許可されたり、犬種制限を撤廃する法律が可決されたりしているようで、アメリカの住宅政策としてはペットに寛容な方向に進んでいるようです。
現在、アメリカでは8,690万世帯(約66%)で少なくとも1頭のペットを飼育していて、賃貸住宅に暮らす35%ほどの世帯のうちの72%、2,190世帯で1頭以上のペットを飼育していると推測されています(米国動物愛護協会Humane Society of the United Statesによる試算)。また、2019年から2022年にかけて賃貸家賃が高騰したアメリカにおいて、同愛護協会は家賃負担の増加に苦労している世帯で2,000万頭以上のペットが暮らしているだろうと試算しています。
研究者らは住宅問題が原因となり飼育放棄されたペットの割合や特徴を調べるため、2019年から2023年にかけて全米21箇所のシェルターで受け入れをしたペット(犬、猫、その他あらゆる種類)のデータベースを収集し、分析を行いました。そのうち犬に関しては、208犬種と雑種が含まれていました。
対象となったペット受け入れ記録1,021,204件のうち、全体の14%(28,424件)が52に分類される何らかの住宅問題が原因でペットを手放す結果になったことがわかりました。そのうち犬の収容数は全部で344,209件で、住宅関連が原因なっていたのは11,400件でした。
住宅問題のおよそ半数を占めていたのは、分類不能の問題(引越し含む)で54%、続いて犬種やサイズなどのペットそのものについての制限に伴う問題(27%)、家主との対立の問題(8%)、住居の喪失(立ち退きや差し押さえなど)(5%)、住居のない飼い主(5%)となっていました。
犬の体のサイズで見ると、大型犬の割合が一番高く20%、ついで小型犬が19%、中型犬は17%、超大型犬は2%でした。犬種では、最も放棄されていたのは雑種で全体の35%、ついでアメリカン・ピット・ブル・テリア12%、チワワ5%、ラブラドール・レトリーバー5%、ジャーマン・シェパード4%となっていました。
ちなみに、元の飼い主のもとへ戻った犬は全体の4%にとどまり、大多数は新たな飼い主に引き取られていました。ペットの飼い主の97%がペットを家族と考えていることを示す調査結果から鑑みて、ペットか住む場所かという二者択一の状況に直面して手放したものの、もっと多くの飼い主が自らのペットと再び暮らすことを望んでいるのではないかと研究者らは考察しています。
研究者らは、ペット飼育可能な賃貸住宅を取り巻く文化は改善されつつあるものの、広範には住宅不安が進んでいる可能性があることから、住宅問題によるペットの飼育放棄を防いでペットとの共生をサポートするために、州および国においてよりよい住宅政策や社会政策を推進していくべきであると結論していました。
[photo by Panama]
日本の都市部の賃貸住宅は圧倒的に小型犬市場
世界的に都市化が進んでいる地域では小型犬が増える傾向にある昨今、日本はその最先端を突き進んでいるかのように見えます。くわえて、前述したように日本のペット可賃貸住宅は小型犬のみという制限がほとんどであるという事情が、よりいっそう小型犬ブームを後押ししているのかもしれません。バブル期の、庭付き一戸建て住宅で大型犬を飼う、という暮らしが流行したころとは、人々が望む生活スタイルや生活環境が大きく変化してきていることのあらわれでもあるでしょう。
ともあれ、今回のアメリカの研究にあるような賃貸住宅周りの事情(転居、飼育規約違反、家主とのいさかい、苦情など)について、飼い主としてできうる限りの想定をし、住居を選択していくことが、賃貸住宅で犬と暮らしていく上で望まれる姿勢だと言えます。
個人的にいつも思うのが、吠え声の大きさについては確かに体が大きい方がボリュームが大きい傾向にあるのは否めないものの、なぜそこまで小型犬に限定する賃貸住宅が多いのかということです。エレベーターでの乗り合わせで抱っこできないと困る、共用部分は抱いて移動する、というような細かなルールを設け、苦情をなるべく出さないようにするためなのかもしれませんが、そこまでして体の大きさで制限することにどうしても首を傾げたくなってしまいますし、非常に残念でもあります。
犬のサイズに関係なく暮らせる賃貸住宅が増えてくれるといいのにと、何十年も思いつづけていますが、サイズの制限はむしろどんどん厳しくなっているように感じています。賃貸に暮らす飼い主さん、日本の賃貸事情について思うことはありませんか?
【参考文献】
・ペット飼育放棄要因の抽出と終生飼養サポートの検討-動物愛護団体における調査から-
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